トヨタのWRC再挑戦は上々のスタート ラトバラが見せた勝者のスピリット

田口浩次

マキネン代表のジョークが現実に

ラリー・スウェーデンで雪道を走るトヨタのラトバラ 【写真:アフロ】

 17年WRCシーズンは、1月19日〜22日のラリー・モンテカルロで開幕。注目はフォードに移籍した王者オジェと、18年ぶりのトヨタの復帰。

 だが、ラリー・モンテカルロで驚きを呼んだのはフォードでもなければ、トヨタでもなかった。ヒュンダイのエース、ティエリー・ヌービルが圧倒的な速さを見せた。3日目の途中まで、リードを広げていった。しかし、3日目最後のSS13でマシンを破損して大きく順位を落とし、開幕戦は新チームに加入したオジェが勝利した。2位には18年ぶり参戦のトヨタを駆るラトバラ。くしくも、元VWの2人が表彰台のワンツーを飾ったのだった。

 第2戦は2月9日〜12日開催のラリー・スウェーデン。WRCで唯一の全ステージ雪道のスノーラリーだ。北欧ドライバーが圧倒的に有利なラリーであり、トヨタのマキネン代表はひそかに、ここでの勝利を期待していた節がある。

 というのも、2月2日に東京・お台場で開催されたTOYOTA GAZOO Racingの17年活動計画発表会において、テストの合間を縫ってマキネン代表とラトバラが来日。ラリー・スウェーデンの目標を5位以内と発言していたラトバラの横から「優勝を狙っていると言っちゃえよ」と茶々を入れていたのだ。もちろん、このときは会場にいる誰もがジョークだと思い、マキネン代表のリップサービスだと思っていたのだが……。

 第2戦が始まってみると、スノーラリーに強い北欧ドライバーのアドバンテージを生かし、トヨタのラトバラはモンテカルロ以上に調子が良く、初日はトップ、2日目も総合2位につけた。このスノーラリーで強さを見せたのが、またしてもヒュンダイのヌービル。3日目に入っても2位のラトバラを引き離していく。しかし、モンテカルロの悪夢が再びヌービルを襲った。

 3日目最後のステージは、スーパーSSと呼ばれ、2台のマシンが同時にスタートして、同じコースを走行してタイムと同時に勝負を競うエンターテインメント性を重視したコース。ここでヌービルは、自らのドライビングミスでコーナーのコンクリートに左前輪をぶつけ、サスペンションを破損してしまった。テレビのライブ中継には、放送禁止用語を何度も叫んで悔しがるヌービルの姿があった。

 こうして3日目を終えて、ラトバラが2位のオット・タナク(フォード)に3.8秒差をつけて総合トップに立った。しかし、3日目のSSタイムだけを見ると、タナクはラトバラより速く、最終日に逆転するものと誰もが思っていたに違いない。

 実際、ラリー後の記者会見で、ラトバラは「3日目までのパフォーマンスを見れば、タナクが勝つだろうと思っていた」と明かしている。

 そして迎えた最終日。ラトバラのモチベーションを、勝利を手繰り寄せるほどに高めたのは、マキネン代表だった。最終日最初のSS15でベストタイムを記録したラトバラは、インタビューにこう答えた。

「スタート前に言われたんだ。『飛び出していけ。路面に集中しろ。運転に集中しろ。セットアップのことは考えるな。ただ飛び出して、運転するんだ!』とね」

 プロスポーツの世界では、トップアスリートたちは極限まで鍛えており能力差はないに等しい。その横一線の状態で、差をつけていくのが精神面であり、信頼している人物からの言霊だろう。最後のSSを迎えたラトバラは非常にリラックスしている様子をカメラに収められていた。すでにWRC16勝を経験しているドライバーにとっては、最後のSSまで来れば、勝利への緊張感よりも勝負への集中力の方が高まる。そして、最後のSSを走行する前に、再びマキネン代表はラトバラに言霊を与えていた。

「それまでの2本のSSと同じように飛び出していけ!」と。

 この言葉に再びモチベーションが高まったのか、ラトバラは最後のSSもトップタイムで勝利を手繰り寄せた。最終日は3つのSSすべてでベストタイムという完璧な勝利。こうして、ラトバラはWRC17勝目を手にし、トヨタに復帰2戦目にしての勝利をもたらした。マキネン代表がお台場で見せたジョークは夢物語ではなく、現実のものとなった。

今後の見通しは厳しいが…

 こうなると、2017年シーズンからいきなりチャンピオン争いをするのでは? と期待してしまう。

 しかし、そこまで甘くはなさそうだ。というのも、今回も不運に見舞われたとは言え、ヒュンダイの速さは頭ひとつ抜け出している。さらに、第3戦のラリー・メキシコは標高2000メートルから最高2700メートルという高地で戦うグラベル(未舗装路)ラリー。標高が高いと空気が薄く、エンジンパワーが落ちる。ラトバラは現在のトヨタの課題として、エンジンのトップパワーはあるが、トルクが薄いと表現していて、トルクの厚さが重要なマシンの加速には課題が残っている。また、第4戦のラリー・フランスはターマック(舗装路)ラリー。新チームのためターマックでのテストもまだ十分とはいえないトヨタにとっては、テストや実戦経験がマシンにフィードバックされる夏場までは、なかなか厳しい戦いが続きそうなのだ。

 だが、意外にもシーズンの展望を聞かれたラトバラの表情は明るい。ラリー・スウェーデン前の来日時に、同じくトヨタが参戦しているWEC(世界耐久選手権)で、チーム運営のオレカ(フランス)、マシン開発のTMG(ドイツ)、そしてパワーユニット開発の東富士研究所(日本)がひとつとなるのに約3年掛かったとチーム関係者が語っていたことを伝えると、ラトバラはこう答えた。

「チームがひとつのになるのに3年か……。僕はラリーにおいては、そこまで時間は掛からないと思う。トヨタは18年ぶりのWRC参戦にも関わらず、マシンのポテンシャルは、長年ラリーを継続していた他メーカーと対等に争えるレベルで開幕戦を迎えることができた。これは、いかにチームがハードな仕事をこなし、すばらしい能力をもっているかの証拠だ。一定の速さがあることはとても大事なことだ。この先が楽しみだよ」と。

日本国内でもWRCが定着の兆し

 WRCはここからさらに競争が厳しくなっていく。どのチームも、開幕時に判明した課題をクリアして、ラリー・メキシコから先を目指すからだ。そして、1995年の頃のように、街なかでラリーという言葉が普通に聞こえるようになるためには、やはり日本メーカーが活躍しなければ意味が無い。

 実際、トヨタがWRCに復帰したことを、FIA会長のジャン・トッドも期待している。フェラーリ監督時代にミハエル・シューマッハを起用した名監督として有名なトッド氏だが、もともとはラリーのコ・ドライバー出身。その後、プジョーの監督してWRCを制覇し、さらにはパリ・ダカールラリー、ル・マン24時間レースもプジョーで制覇している。そのトッド氏はトヨタの復帰を手放しで喜んだ。

「トヨタを再び歓迎できてうれしい。ラリーの熱狂的なファンは誰もが喜んでいるよ。ラリーは素晴らしいスポーツで親近感がある。ファンを含め情熱的な家族なんだ」

 そして国内での知名度アップに一役買っているのが、テレビの存在だ。現在、有料放送のJスポーツに加えて、テレビ朝日が地上波放送でWRCを扱っていて、『報道ステーション』と『Get Sports』ではWRCの結果を放送。さらに、毎月深夜に『地球の走り方 〜世界ラリー応援宣言〜』という番組では、WRCを知らない人でも楽しめるバラエティ感覚で楽しめる放送を開始した。こうして、映像がテレビに登場する機会が増えれば、モータースポーツに興味を持ってくれる人も増えるはずだ。
 
 日本で再びラリー人気が復活する下地が徐々にそろってきた現在、次に望まれるのが、優勝を争えるレベルの日本人WRCドライバーの登場だ。じつは、WRCのひとつ下のクラス、WRC2というクラスに2人の日本人ドライバーがスポット参戦している。

 その名は新井大輝と勝田貴元。どちらも23歳で、父親は名ラリードライバーとして活躍。DNA的には非常に期待が持てる。だが、WRCは別次元の天才が集まっている世界だ。言ってみれば、テニスの錦織圭やゴルフの松山英樹のように本当のトップで争える存在になれるかどうか、ここからの成長をぜひとも期待したいところ。

 今年はF1に加えて、ル・マン24時間レース、そしてWRCと、さまざまなモータースポーツによる睡眠不足といううれしい悩みが増えそうだ。

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