インテルを“豹変”させたピオリの手腕 「選手の特徴を生かす」という哲学

片野道郎

前線に送り込む人数が増え、攻撃の質が向上

前線に送り込む人数が増えた結果、イカルディだけでなく、カンドレーバやペリシッチ(写真)も得点を増やしている 【写真:Maurizio Borsari/アフロ】

 デ・ブールの4−3−3が、ピッチをワイドに使ったポゼッションでチーム全体を押し上げ、サイドチェンジを多用して揺さぶりをかけて、最後はサイドでの1対1突破からのクロスでフィニッシュを狙うというコンセプトを持っていたのと比べると、このピオリの4−2−3−1はずっとダイレクトで縦への志向が強いものだ。攻撃の組み立ては中央ではなくサイドが主体。サイドバック(SB)、ボランチ、ウイングという「縦の三角形」を生かして少ない手数で敵陣までボールを運ぶと、そのまま一気にクロスを送り込んでそれを直接、あるいはそのセカンドボールを拾ってフィニッシュまで持っていこうとする。

 クロスを通じて決定機を作り出そうとするアプローチは同じなのだが、デ・ブール時代は、ピッチを広くカバーしてボールを動かそうとするがゆえに、そこからクロスを送り込んでもゴール前にはイカルディ1人しかいないという状況になることが多かった。しかしピオリは、クロスに合わせてイカルディ以外にも2人、3人をエリア内に送り込むことを重要なプレー原則としている。実際、トップ下のマリオ(またはバネガ)はもちろん、逆サイドのウイング、そして時には2ボランチの一角までがタイミングよくゴール前に詰めてフィニッシュに絡むようになった。

 その結果はデ・ブール時代の11試合で5.7本だった1試合平均の枠内シュート数が、ピオリ指揮下の11試合で7.8本と37%も増えているというデータに、はっきりと表れている。得点の増加率(13点→21点=+62%)がそれをさらに上回っているのは、決定率も高まっていることを意味している。これは前線に送り込む人数が増えた結果であり、より良い形でシュートを打つ場面も増えているからだろう。つまり、攻撃の質が高まったということである。デ・ブール時代の11試合で8得点だったイカルディは、ピオリ指揮下の11試合で5得点。その分カンドレーバやペリシッチが得点を増やしている。

課題だった失点の多さも大きく改善

デ・ブール時代の最大のアキレス腱だった失点の多さも大きく改善 【Getty Images】

 デ・ブール時代の最大のアキレス腱だった失点の多さも、ピオリの下で大きく改善された。10人のフィールドプレーヤーがピッチに大きく散開してワイドにボールを動かすアヤックススタイルのポゼッションは、ボールサイドに人数をかけて細かくパスをつなぐバルセロナスタイルのそれと比べると、ボールロスト時にプレスが効きにくく、カウンターを喫するリスクが高い。

 デ・ブールは最終ラインを高く押し上げて縦方向をコンパクトにすることで、そのリスクを低減しようというアプローチを採っていた。しかし、中盤のフィルターがほとんど効かない状態で相手のカウンターにさらされる場面があまりにも多く、最終ラインのリーダーであるミランダが公然と「監督はラインを上げろと言うが、もっと引いて守らなければ失点は防げない」と戦術を批判する事態になった。

 チームの重心を高めに保ち前線からアグレッシブにプレスをかける姿勢を見せるところは、ピオリが率いる現在のインテルも変わらない。しかし、主にサイドを使って攻撃を組み立てるだけでなく、そのプロセスでチーム全体をボールサイドに寄せて横方向のコンパクトネスを高める(逆サイドにはウイング1人だけを残すことが多い)ことで、ボールロスト時にも密度の高いプレスが可能となる。攻撃のメカニズムそのものが、カウンターを食らいにくい構造になっているわけだ。

 そのプレスも即時奪回を狙うというより、相手の攻撃を遅らせて守備陣形を整える時間を稼ぐことに軸足が置かれている。常にボールにプレッシャーをかけつつ段階的にリトリートして自陣の低すぎない位置に4+4の守備ラインを構築し、そこからあらためて組織的なプレッシングに転じるというのが守備の基本コンセプトだ。

 ブロック守備でも、サイドにボールがある時には逆サイドのSBやウイングがピッチ中央まで絞り、逆サイドを空けてでも横方向のコンパクトネスを高めてアグレッシブにボールを奪いにいくのが特徴だ。この守備戦術は、オープンスペースでの1対1には難点があるものの、密集地帯での対人能力や状況判断力が高いミランダ、ガリー・メデル、ジェイソン・ムリージョというDF陣にはより親和性が高い。

 このように、攻守両局面でシステムと戦術をチームの戦力に最適化した結果がインテルのパフォーマンス向上の鍵となっている。もちろん、ピオリが本来好んでいるプレーコンセプト(アグレッシブかつ縦に速いサッカー)が、インテルの戦力と相性が良かったという側面も無視できない。おまけにピオリは子供の頃からのインテリスタ(インテルのファン)。その意味でも、ピオリとインテルは「幸福な結婚」だと言うことができるかもしれない。

巧妙なチームマネジメントも功を奏する

ピオリの巧妙なチームマネジメントも光る。CL出場権内も視野に入ってきた 【Getty Images】

 ピオリの監督としての手腕でもうひとつ無視できないのは、巧妙なチームマネジメントだ。デ・ブールは自らの戦術をチームに納得して受け入れさせることができなかっただけでなく、SNSでの「不適切な」ポストを理由に、マルセロ・ブロゾビッチを1カ月にわたってベンチ入りメンバーからも外すなど、強権的なアプローチで一部選手の離反を招き、チームの掌握に失敗した。

 しかし、就任記者会見で「成功を勝ち取るためには、1人1人がエゴの一部分をチームのために犠牲にしなければならない。どんなタレントもそれだけでは不十分だ。チームには情熱を持ち心臓を握りしめて戦うことを求める」と語ったピオリは短期間でチームの掌握に成功し、強い結束をもたらした。

「試合に出ていない選手もモチベーションを保っている。監督のメンタルコントロールが抜群。誰も文句を言わない」という長友のコメント(1月28日の第22節ペスカーラ戦後)にも、現在のポジティブなチーム状態がはっきりと表れている。

 この状態を今後も維持することができれば、現時点で5〜6ポイント先を行くローマ、ナポリを捉えて、3位以内に与えられるチャンピオンズリーグ(CL)出場権争いに本格参入する道筋も見えてくる。ローマはヨーロッパリーグ、ナポリはCLとヨーロッパ遠征での負担があるだけでなく、ともにコパ・イタリアでも準決勝に勝ち残っており、2〜3月はミッドウイークにシーズンの行方を左右するビッグマッチがめじろ押しの状態だ。

 それと比べると、コパ・イタリアは敗退済みで毎週末のセリエAに万全の準備で臨めるインテルには大きなアドバンテージがある。つい3カ月前には想像すらできなかった話だが、シーズンが終わってみれば、ローマ、ナポリのどちらか一方を蹴落としてCL出場権を手に入れている可能性も――。

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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