インテルを“豹変”させたピオリの手腕 「選手の特徴を生かす」という哲学

片野道郎

ピオリの就任後、攻守のバランスが改善

ピオリ新監督の就任以降、好成績を記録しているインテル。ユベントスとの「イタリアダービー」も0−1の敗戦に終わったものの、内容的にはほぼ互角だった 【Getty Images】

 後半戦に入ったセリエA、最も注目すべきトピックはインテルの復調だろう。

 フランク・デ・ブール監督が解任された11月初めの時点では12位に低迷。後任監督も決まらない空白状態が1週間近く続くなど、プレシーズンのロベルト・マンチーニ監督辞任に端を発した混迷もここに極まったという印象だった。

 ところが、ステファノ・ピオリ新監督の就任以降、チームを取り巻いていたさまざまな混乱がぴたりと収束、現在までのリーグ戦11試合で7連勝を含む8勝1分け2敗という好成績を記録し、順位も5位まで上がってきた。現地時間2月5日に行われたユベントスとの「イタリアダービー」も、結果こそ0−1の敗戦に終わったものの、内容的にはほぼ互角だった。

 インテルの“豹変(ひょうへん)”ぶりは、デ・ブール前監督の下で戦った開幕からの11試合と、ピオリ監督就任後の11試合(間にステファノ・ベッキ暫定監督が率いた1試合が入っている)の数字がはっきりと物語っている。得点は13から21へと62%増え、失点も14から10へと40%減少、攻守のバランスが劇的に改善された。

 直近のリーグ戦11試合の勝ち点25は、ユベントス、ナポリの27に次ぎ、3位ローマの24を上回る数字だ。スクデットを争っている3チームと同水準の結果を残しているわけだが、クラブとしての格、そしてチームが擁する戦力の充実度を考えれば、このくらいの成績は逆に当然とも言える。

 実際、チームの戦力を測る上でひとつの目安となる、登録全選手の推定市場評価額(移籍情報専門サイト『transfermarkt.com』による)を見ても、今シーズン開幕直後(2015年9月1日)の時点で、インテルの総額はユベントスの4億2800万ユーロ(約513億円)に次いで大きい3億3160万ユーロ(約397億5000万円)で、ナポリ、ローマの3億ユーロ弱を上回っている。その意味では、ようやく本来期待されるべきレベルのパフォーマンスに戻ってきたと言うべきなのかもしれない。

ピオリとデ・ブールの対照的な哲学

前監督のデ・ブール(右)は「システム至上主義」タイプだったが、ピオリは対照的な監督だ 【写真:ロイター/アフロ】

 しかしもちろん、移籍市場で高い値段がついている選手を買い集めるだけで、強いチームができるわけではない。それは、デ・ブール前監督の下でのふがいない戦いぶりが、何よりもよく物語っている。

 では、ピオリ監督はいかにしてインテルを立て直し、チームから本来のパフォーマンスを引き出したのだろうか。一言で結論を言えば、システムと戦術をチームの戦力に最適化し、個々のプレーヤーが持ち味を発揮できる環境を作り出した、ということになる。

 ピオリは多くの点で前任者のデ・ブールとは対照的な監督である。

 デ・ブールは、ヨハン・クライフにルーツを持つアヤックススタイルの4−3−3ポゼッションサッカーという明確なプレーモデルを持ち、それをチームに植え付けることで機能させようとする、言ってみれば「システム至上主義」タイプだった。アヤックスとバルセロナで現役時代の大部分を過ごし、監督としてもオランダ代表アシスタントコーチを経てアヤックスを5シーズン率いたというキャリアは、純粋培養という言葉を思い起こさせるものだ。

 実際彼にとって、自分とは異なるフットボールカルチャーを持った国で指揮を執るのはこれが初めて。就任からわずか3カ月で解任に至るまでの経緯を見ても、彼がイタリアサッカーのカルチャーやメンタリティーを十分に理解することも、インテルというチームに自らのフィロソフィーや信奉するスタイルを理解・実践させることもできずに終わったことは明らかだ。

 一方のピオリの哲学は「勝利を保証してくれるシステムや戦術は存在しない。重要なのはチームが擁する選手の特徴を100%引き出し生かすことだ」というラツィオ時代のコメントに凝縮されている。事実、これまでのキャリアを見ても、11年から14年まで率いたボローニャでは主に3バックの3−4−2−1、14年から昨シーズン終盤まで率いたラツィオでは4−3−3や4−2−3−1と、それぞれ異なるシステムで戦ってきた。

 もちろん、システムにかかわらずピオリのサッカーを特徴づけているプレーコンセプトはいくつかある。「アグレッシブネス」「サイドを使った縦に速いビルドアップ」「前線により多くの選手を送り込む」「攻守のバランスを崩さない」などがそれだ。インテルにおけるピオリの仕事は、これらのプレーコンセプトとチームが擁する選手たちの特徴をすり合わせて、彼らの持ち味を引き出しながらこのコンセプトを実現できるシステムと戦術を準備し実践させるところにある。

「選手の特徴を引き出し生かすため」の4−2−3−1

「勝利を保証してくれるシステムや戦術は存在しない。重要なのは選手の特徴を100%引き出し生かすこと」がピオリの哲学 【写真:アフロ】

「私はアグレッシブなサッカーが好きなので、その方向でチームを作っていくことになるだろう。ボールを速くスムーズに、そして意外性をもって動かすことが必要だ」

「(マウロ・)イカルディを前線で孤立させずに戦うために、攻撃の局面をもっとチーム全体でサポートしなければならない。例えば、ウイングやボランチをペナルティーエリアに送り込み、攻撃に奥行きと意外性を作り出す。このチームにはそれに適した選手がいる」

 就任当初こうしたコメントを口にしていたピオリが選んだ基本のシステムは4−2−3−1。最大の得点源であるセンターフォワードのイカルディ、セリエAでも指折りのサイドアタッカーであるアントニオ・カンドレーバとイバン・ペリシッチ、トップ下からのチャンスメークやアシストで本領を発揮するエベル・バネガ、ジョアン・マリオという、タレント豊かな攻撃陣を1人でも多くピッチに送り出しつつ、最終ラインの前を2人のMFがプロテクトすることで攻守のバランスを保証する布陣である。

 もともと、インテルの現有戦力は、開幕2週間前まで監督の座にあったマンチーニが自らの構想に基づいてこの2年間、段階的に獲得してきたプレーヤーがほとんどを占めている(それ以前から在籍しているのはイカルディ、サミル・ハンダノビッチ、そして今やチーム最古参となった長友くらいのものだ)。その構想が4−2−3−1だったことを考えれば、ピオリが「チームが擁する選手の特徴を100%引き出し生かす」ことを考えた結果としてこのシステムを選んだのは必然と言えるだろう。

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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