17年のキーワードは「脱・岡田武史」? FC今治の方針発表会で明らかになったこと

宇都宮徹壱

「この街に全国リーグを戦うクラブがある」

2017年方針発表会でプレゼンする岡田武史オーナー。今年は会場も設備もグレードアップ 【宇都宮徹壱】

 松山空港からJR松山駅に向かうリムジンバスの料金が310円。松山から今治に向かう特急しおかぜの自由席が1470円。列車が来るまでの間、駅ナカのうどん屋で食べるじゃこ天うどんが500円。数字を覚えるのが不得手な私だが、これらの値段は完ぺきに脳裏に刻まれている。それくらい、今治通いを続けてきた。FC今治の取材を始めたのは2015年だが、この街に来るのが何度目なのか、もう覚えていない。が、少なくともクラブのJFL昇格が決まってから訪れるのは、今回が初めてである。

 1月27日、今治市内にて、FC今治の2017方針発表会が行われた。今年の会場は今治港近くに昨年オープンした、みなと交流センター「はーばりー」。地域リーグ時代の去年や一昨年から、一気にグレードアップした感がある。駅から徒歩で15分以上の距離があったが、港につながるアーケード街をゆっくりと歩いてみた。相変わらず、シャッターが閉まったままの店が多い。しかし一方で、サイクリスト向けのおしゃれなカフェがオープンしているなど、わずかながら「変化」も感じられる。

 今治がJFLに昇格したからといって、急に街が賑わうなんてことはまずあり得ない。しかしそれでも、「この街に全国リーグを戦うクラブがある」という事実は、市民の気持ちをポジティブなものに変化させるきっかけにはなると思う。他県から対戦相手のサポーターがやって来ることで、「自分たちは見られている」という意識が市民の間で高まっていけば、やがて街の景観に変化を促すはずだ。そしてJFLからJ3へ、さらに上のカテゴリーへとステップアップするにつれて、変化の速度はさらに高まっていくことだろう。

 方針発表会の1時間前、「はーばりー」に到着。会場の入り口は、今治の選手たちのプレー写真がラッピングされ、中に入ると音響や照明や映像の演出が施されていた。やがて定刻の14時となり、FC今治の昨シーズンを振り返る映像が流れる。いずれもゴールラッシュによる勝利ばかりが強調されていて、取材者としてはやや違和感を覚えた。天皇杯や全社(全国社会人サッカー選手権大会)、そしてヴィアティン三重に0−3で敗れた全国地域サッカーチャンピオンズリーグ(地域CL)1次ラウンド。映像に出てこなかった、これらの敗戦を謙虚に受け止め、しっかりリカバーしたからこそ、今治はJFL昇格というミッションを果たすことができた。少なくとも私は、そう理解している。

注目は「SAP」「今治モデル」「Global(グローバル)」

方針発表会では13のアジェンダについて解説があった。注目はオーナー肝いりの「今治モデル」 【宇都宮徹壱】

 映像に続いて、岡田武史オーナーが登場。今年のクラブの方針について、13の項目を紹介した。JFL昇格、クラブ理念、ミッション・ステートメント、トップチーム、育成、レディース、SAP Sports One×岡田メソッド、今治モデル、Global(グローバル)、しまなみアースランド、Bari Challenge University(バリ・チャレンジ・ユニバーシティ)、複合型スマートスタジアム、事務所移転──。なでしこリーグを目指すことになったレディースや、しまなみアースランドという公園緑地の指定管理者になったことなど、いろいろ興味深い発表が相次いだが、ここでは今治独自の試みとして3点を取り上げたい。

 まず「SAP Sports One×岡田メソッド」。SAPいうのは、もともとはビジネス・ソフトウェア企業であり、サッカーをはじめさまざまなスポーツ団体と提携しながら、データを活用した試合の分析や選手のコンディション管理、トレーニングのフィードバックなどを行っている。そして「Sports One」とは、SAPが開発したサッカーソフトで、バイエルン・ミュンヘンやドイツ代表でも使用されている。この「Sports One」の契約を、今治はSAPジャパンと締結。今後は岡田メソッドをクラウド上に置くことで、タブレットを使いながらトレーニングの現場で活用することができ、最終的には「選手のPDCAサイクルを実現させたい」(岡田オーナー)としている。

※PDCAサイクル:計画(plan)、実行(do)、評価(check)、改善(act)というサイクルを繰り返すことによって、業務を改善していくマネジメントの手法

 次に「今治モデル」。平たく言えば、地域に根ざした育成と普及であり、そのための独立した事業部を新たに立ち上げた。主な事業内容は、グラスルーツプログラムや巡回指導、フェスティバルの開催やサッカークリニックなど。うまい子だけを集めて強化するのでなく、地域の学童のサッカー人口を2倍に増やし、併せてサッカーやスポーツが楽しめる環境も整えていく。岡田オーナーいわく「一銭も入ってこない、全部が(クラブの)持ち出し」という今治モデル。なぜこの事業に力を入れるのかといえば、「今治の地方創生にスポーツで貢献したい」という、オーナー自身の強い思いがあるからだ。

 最後に「Global(グローバル)」。これも端的にいえば、中国スーパーリーグの杭州緑城との提携がメーンである。岡田オーナーが指揮を執っていたとき、杭州のオーナーから「トップチームだけでなく育成組織の構築も任せたい」と相談を受けていた、という話を現地取材した際に聞いている。その後、監督を退任した14年以降も両者の関係性は続いており、今も今治の指導者6名を杭州での指導に当たらせている。もちろん、今治が構築した育成のメソッドが落とし込まれており、最近では香港やマレーシアのクラブからも提携の申し込みがあるという。岡田オーナーは「現状ではリソースが足りていない」としているが、その課題が解消されればクラブの重要な収入源にもなり得るだろう。

1/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント