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福岡国際は「奇跡」が続いた結果だった
川内優輝が綴る「対世界」への本音(1)

「奇跡」が起こった3つの要因

日本人トップとなる3位に入った「奇跡」にはいくつかの要因があった
日本人トップとなる3位に入った「奇跡」にはいくつかの要因があった【写真は共同】

 当日に「奇跡」が起こった要因を今になって分析すると3点挙げることができると思います。


 まず、1点目は「天候と気温に恵まれたこと」です。当初の天気予報では18度で晴れとのことでしたが、大会が近づくと雨予報に変わりました。さらにスタート時には予報よりも気温が下がり、13度になりました。その上、レース中は止んでいた雨が再び降り始めて、気温も25キロ地点では9度にまで一時的に下がりました。


 私は元々、雨や気温の低いレースは得意で、2010年の東京マラソンでは一気に自己ベストを5分縮めた(2時間12分36秒)こともあったので、スタート直後の絶望的な気分から段々と気持ちが乗ってきました。さらに、走り始めた時に感じていた足首の痛みも寒さと雨で段々と麻痺してきて気にならなくなり、15キロ地点では給水所を見落としてしまうくらい「ゾーン」に入りこめていました。


 2点目は「第1集団のペースメーカーが失敗してくれたこと」です。1点目のおかげでもあるのですが、第1集団のペースメーカーは3人もいたにも関わらず、予定された30キロどころか最初の5キロから1キロ3分のペースを刻むことさえもできませんでした。本来であれば第2集団で走らざるを得ない状態だった私は、中間点で第1集団に約1分差をつけられているはずでした。しかし、結果的には1キロ3分ペースの第1集団が存在せず、本来の第2集団のペースが第1集団になったので、先頭とタイム差0秒で中間地点を迎えることができました。このことは、想像もしていなかったようなうれしい誤算でした。


 そして3点目は「福岡国際マラソンを過去に6回走っていた経験」です。福岡国際マラソンのコースは坂がどこにあり、その坂がどの程度きついかまで良く知っていました。また、3年前には中間点でペースメーカーが外れてから自ら仕掛けて仁川アジア大会日本代表を勝ち取る走りをした経験もありました。ですので、中間点さえ過ぎてしまえば、どこで仕掛けても終盤に大失速をする不安はまったくなく、逆に中間地点のタイムを見て、牽制(けんせい)をしなければ確実に「サブ10(2時間10分切り)」では走れると思いましたので、余計に元気が出て「ペースが落ちるくらいなら自分から仕掛けて集団を絞ってやろう」と強気になることができました。

海外レースの経験、超長距離練習が土台に

 また、「奇跡」が起こったもっと長期的な理由としては2点あると思います。


 1点目は「多くの海外マラソンで勝負してきたこと」です。ロンドン五輪を逃した12年以降、世界各地でケニア・エチオピア勢をはじめとする海外勢と戦ってきました。特に16年は1月のいぶすき菜の花(鹿児島)以降、福岡国際までに5回のフルマラソンを走ってきましたが、すべて海外マラソンに出場しました。結果として、3月の萬金石(台湾)で2位、4月のチューリッヒ(スイス)で優勝、7月のゴールドコースト(オーストラリア)で16年の日本ランキングトップとなる2時間9分1秒で2位、9月のベルリン(ドイツ)では16年の「ワールド・マラソン・メジャーズ」(WMM)日本人最高タイムの2時間11分3秒、11月のポルト(ポルトガル)でも2位と、海外勢を相手に優勝争いや表彰台争いを繰り返してきました。これらの海外マラソンの中にはペースメーカーが6キロでいなくなってしまったレースやそもそもペースメーカーが存在しないレースもありました。ですので、そうした経験が悪天候によりペースメーカーがダメになり、本来の日本の選考レースのような「30キロまでは綺麗にラップを刻んでいく」という展開にならなかった福岡国際で勝負をする上ではプラスになったと思います。


 2点目は「超長距離ジョグを増やしたこと」です。これまでも4〜6時間級のトレイルランニングを時々やっていましたが、今年の夏にはそうしたロングトレイルの回数をかなり増やしました。信越トレイルを利用して2日続けて45キロ以上走ったり、1週間に3回40キロ以上のジョグを入れたりもしました。さらに秋からは平地でも超長距離ジョグを入れるようになり、10月には渋川(群馬)から自宅まで利根川沿いを中心に100キロを約7時間30分で走ったり、従来はほとんどやらなかった50キロジョグも秋から福岡までに数回入れました。

超長距離走の効果と月間走行距離の問題

 こうした超長距離ジョグに対して「遅いペースでいくら走っても意味がない」と言う人もいますが、そのような批判をする人は恐らく超長距離ジョグをやったことがないのではないかと思います。3時間を過ぎたあたりで感じ始める「我慢できるけど、気持ちを切ったらすぐにやめたくなるような脚のだるさ」はマラソンの終盤の軽い状態に似ていますし、その先に訪れる手足のしびれや集中力の欠如やスタミナが身体の芯からなくなっていく感覚、そしてその後に訪れることがある壁を乗り越えたような妙な気分の高揚感などを経験すれば「意味がない」などと言うことはできないと思います。


 実際に超長距離ジョグの走り込みに裏付けられた自信は苦しくなった後半に「自分は50キロや100キロを走りこんできたのだから後半に絶対にスタミナ切れしない。横を走っている海外勢は100キロ走はやっていないのだから自分の方が泥仕合になれば脚は動くはずだ」と弱気になりそうな自分自身を助けてくれました。


 学習院大学に進学してから基本的には1日1回しか練習をやらなくなった私にとっては、仕事が休みの日を利用して超長距離ジョグロングトレイルを入れていくことがマラソンの後半で粘るために肉体的にも精神的にも効果的であったように感じました。


 ただ、多くのチームに所属している選手は本練習のほかに朝練習で集団走をすることが義務付けられていますので、こうした超長距離ジョグを私と同じように定期的に入れていくことは時間的にも体力的にも難しいのではないかと思います。朝練習を毎日やることにより月間走行距離で1000キロを簡単に超えてくる選手たちと違って、私の場合は普段の月間走行距離は平均で600キロ前後です。チームに所属している選手たちが朝練習で毎日平均12キロ程度は走っていると考えると、朝練習をやらない私の月間走行距離は最低でも360キロ以上は少なくなります。他の選手と比べて年間で4320キロ以上は肉体的余裕があったので、超長距離ジョグの効果も大きかったのではないかと思います。


 逆に言うと既に月間走行距離が1000キロを超えている選手が今まで通りの朝練習を続けながら、超長距離ジョグをさらにプラスしたら疲労骨折などで脚がぶっ壊れてしまうのではないかとも思っています。昔のマラソン選手たちには「軟弱な考えだ」と怒られてしまうかもしれませんが、人間の身体には走行距離の限界値があるのではないかと思っています。ですので、限界値の範囲内で複数回に分けて練習することで1回に走る距離を少なくするか、逆に1回に練習を絞って1回に走る距離を多くするのかを選ぶしかないのではないかと思っています。

構成:スポーツナビ

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