決勝で明らかになった「Jクラブの多様性」 天皇杯漫遊記2016 鹿島対川崎

宇都宮徹壱

鹿島と川崎、それぞれの「タイトルへのこだわり」

今大会の決勝は52年ぶりに関西で開催。関東勢同士の対戦でチケットは売り切れとなった 【宇都宮徹壱】

 2017年の元旦は、京都で迎えた。昨年12月29日に大阪・長居での天皇杯準決勝を取材して、そのまま東京に戻らずに年の瀬の京都を楽しんでから、吹田スタジアムでの天皇杯決勝に備えることにした。関西在住の同業者は例年、東京のホテルで年を越し、天皇杯決勝と高校選手権を取材することが多い。今年は立場が逆になったわけだが、たまには旅先で新年を迎えるというのも悪くない。関東勢同士の決勝ということで集客面が心配されたが、会場が「話題のサッカー専用スタジアム」であることも動機づけとなって、チケットはソールドアウト。公式入場者数は3万4166人と発表された。

 あらためて、鹿島アントラーズと川崎フロンターレという、今回の決勝のカードについて考えてみたい。鹿島の決勝進出は6回目、川崎は前身の富士通時代を含めて初めてである。ちなみに鹿島は、6回の決勝のうち4回に優勝。こうした過去の実績に加え、昨年11月のJ1チャンピオンシップ(CS)から続く堅実な戦いぶりを考えるなら、鹿島有利というのが大方の見方であろう。とはいえ、一発勝負の天皇杯決勝は何が起こっても不思議ではない。実際、鹿島は過去2回の決勝で敗れているが、その相手は横浜フリューゲルスと京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.)。とりわけ後者については、戦前は「圧倒的に不利」と思われていた。

 鹿島が常にタイトルに貪欲であることは周知のとおり。しかしながら対戦相手の川崎もまた、この決勝で初タイトルを渇望する明確な理由がある。それは彼らにとり、2016シーズンは大きな「区切り」であったからだ。クラブは設立20周年。5シーズンにわたりチームを率いてきた風間八宏監督は、今季いっぱいで退任することが決まっている。また、4シーズンの間に3年連続(13−15年)で得点王に輝いた大久保嘉人も、来季はFC東京に移籍することを明言。幾多の感動的なゴールを生んできた、中村憲剛とのホットラインもこれで見納めである。川崎の関係者の誰もが、この決勝に期するものを感じていたのは当然である。

 この日の鹿島のスタメンは、2人を除いて準決勝と同じ。FIFAクラブワールドカップ(W杯)以降、ずっとコンディション不良だった西大伍と遠藤康がメンバーリストに名を連ねた(ただし金崎夢生は決勝もベンチ外)。一方の川崎は、守備的MFのエドゥアルド・ネットが累積警告で出場停止。代わって、10月22日のリーグ戦を最後に戦列から離れていた大島僚太が、実に2カ月ぶりにスタメン復帰した。両チームとも、何人かのキープレーヤーは不在であるが、ほぼベストな陣容と言って良いだろう。

様式美を見ているかのような鹿島の先制ゴール

前半終了間際の42分、山本(16)のゴールで鹿島に先制点が生まれる 【写真:アフロスポーツ】

 試合序盤は、川崎がチャンスをつかんだ。前半13分、大久保がドリブルで抜け出してシュートを放つが、これは鹿島がブロックし、浮き上がったボールをGK曽ヶ端準が辛くもはじき出した。18分、今度はエウシーニョからのパスを受けた小林悠が右足でシュートを放つも、これも曽ヶ端がセーブする。この直後、小笠原満男が小林のファウルで倒れたところに、たまたま中村が蹴ったボールが当たったことから小笠原が激高。小競り合い寸前にまで発展する。

 もっとも、小笠原は試合後に「あれは一種のパフォーマンス。あいつ(中村)に怒っていたわけじゃない」と語っている。押し込まれる展開が続く中、キャプテンの自分が闘志をむき出しにする姿勢を見せることで、若い選手の奮起を促そうとしたのだろう。1ミリでも勝利に近づくためであれば、そうしたパフォーマンスも厭わない。それができるのが小笠原であり、常勝軍団のメンタリティーである。なおこの直後、競り合った際に西の足が登里享平の後頭部に当たり、再び両者がにらみ合い。元日の決勝で、これほどエキサイトするシーンが続くのもめずらしい。

 そんな中、前半終了間際の42分に鹿島の先制点が生まれる。右サイドでのゴールラインぎりぎりのポジションから、西が目ざとく中村にボールを当ててCKを獲得。遠藤の左足から放たれたボールに、DFの山本脩斗がヘディングで反応すると、ボールは川崎GKチョン・ソンリョンのグローブをはじいてゴールに吸い込まれてゆく。CKのもらい方からゴールの歓喜に至るまで、さながら様式美を見るような鹿島の先制ゴールが決まり、前半は1−0で終了。ハーフタイム、両チームは最初の交代カードを切る。鹿島は負傷していた山本に代えてファン・ソッコ。川崎は登里を下げて三好康児を起用し、3バックから4バックにシステムを変えた。

 この両者の交代が、川崎の同点ゴールの伏線となる。後半9分、大島のパスに小林がスルー。受けた三好が小林にパスを送り、右足でファーサイドをぶち抜く。この時、ファン・ソッコが小林にプレッシャーをかけていたが、試合の流れに入りきれていなかったのか、中途半端な対応となってしまった。小林は後半20分と42分にも際どいシュートを放ったが、それぞれバーと相手DFに阻まれて追加点はならず。結局、1−1のまま90分で決着はつかず、試合の行方は延長戦に委ねられることとなった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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