うれしくても悲しくても、感情を揺さぶる ライター島崎が語るJリーグの魅力(6)

島崎英純

Jリーグの魅力を伝える連載。最終回では、今季の浦和について振り返る 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 本連載は「Jリーグの魅力について」というお題目です。今回が最終回。責任重大です。

リーグ制覇を逃した16年シーズンを振り返る

 2016年シーズンのJリーグチャンピオンシップ(CS)決勝、僕の取材対象である浦和レッズは鹿島アントラーズに敗れてJリーグタイトルを逸しました。カシマサッカースタジアムでの第1戦は阿部勇樹選手のPKによる1点を守り切って勝利。埼玉スタジアム2002での第2戦でも前半早々に興梠慎三選手のゴールで先制して優勝に王手を掛けたのですが、前半終了間際に金崎夢生選手の同点ゴールが生まれ、後半半ばに金崎選手のPKが決まって逆転されてしまいました。その後の浦和の猛攻も実らず、2戦合計2−2のタイながらもアウェーゴールの差で鹿島の優勝が決まり、浦和は06年シーズン以来10年ぶりのリーグ制覇を逃しました。

 傷心の僕はすぐさま取材と称してドイツへ逃避行。石畳の路地にある町外れのカフェで必死にネット回線を確保し、日本で開催されているクラブワールドカップで躍進する鹿島の勇姿を見つめ、逃した成果の重さを痛感して今に至っております。

 これはもう、16年シーズンのことはキレイサッパリ忘れて新シーズンに思いを馳せようと思い立って日本へ帰国した瞬間、僕のパソコンがまたしても不吉なメールを受信しました。恐る恐るメールを開封しますと、やっぱり……。鹿島サポーターを公言するスポーツナビ編集部・K女史からの原稿催促ではありませんか。K女史から厳命された本連載最終回のお題目はズバリ、「今季の浦和について記してください」……。

 パックリと開いた傷口に塩を塗るようなドSな指令に打ちひしがれ、しばしキーボードの上に突っ伏してしまいます。そんな僕の後頭部を愛猫が小突きます。

「下僕よ、失念してはいまいか? わらわの食事の時間が過ぎているぞよ」

 いやはや、分かりました。分かりましたよ。こうなれば、今一度現在の浦和の成り立ちを回顧し、このチームの未来を見据えようじゃありませんか。たとえ真っ白な灰になっても、過去の振り返りなくして前になど進めません。

阿部勇樹がレスターから移籍した理由

阿部はレスターでやりがいを感じていたが、12年に浦和への復帰を決意 【写真:Action Images/アフロ】

 16年1月中旬。僕はイングランド・レスターシャー州の古都・レスターにいました。Jリーグがオフシーズンになる年始は例年ヨーロッパへ取材旅行に行くのが常で、この年もポルトガル、スペイン、ドイツなどを巡ってフットボールの母国であるイングランドに赴きました。

 レスターにはレスター・シティというクラブがあります。15−16シーズンにジェイミー・バーディー、リヤド・マフレズ、岡崎慎司らを擁してプレミアリーグ制覇を果たした「ミラクル・レスター」ですが、11−12シーズンのチームは2部に相当するイングランド・チャンピオンシップに在籍していて、クラブはプレミア昇格を目指して日々奮闘していました。そのチームの一員に、10年9月に浦和から移籍加入した阿部選手がいたんです。

 レスターで約1年半を過ごしていた“阿部ちゃん”は、ある決断を下そうとしていました。それはレスターから浦和への移籍です。ヨーロッパの舞台から再び古巣へ帰る。そこには阿部ちゃんの断固たる決意と熱意が内包されていました。

 当時のレスターは2部とはいえ、気鋭のクラブとして頭角を現していました。タイ人オーナーの就任によって資金も豊富になり、プレミアでの戦いに現実味を帯びていた時期でもありました。チームの一員である阿部ちゃんも当然志高く、当時世界最高峰と称されていたプレミアでのプレーを見据えていました。

「2部といっても、チャンピオンシップには(当時)ウェストハム、サウサンプトン、ミドルズブラ、リーズなどのプレミア在籍経験のあるクラブもあるからね。ここでのプレーはタフだけど、やっぱりやりがいがあるよ。その中でレスターはプレミア昇格を目指しているわけで、その先を夢見ることは、もちろんある」

阿部「約束を果たすために浦和へ帰る」

「浦和でJリーグタイトルを取りたい」という思いが復帰の理由だった 【写真は共同】

 しかし、それでも12年1月の阿部ちゃんは揺るぎない意思を携えていました。それは11年シーズンのJ1リーグで残留争いを繰り広げた浦和への思いです。かつて在籍したチームがJリーグの舞台であえぎ苦しみ、危機に瀕している。遠き彼の地にいながら、彼は常に浦和の情報を収集して一喜一憂していました。フットボールの母国に身を置きながら日本のクラブに憧憬の念を抱くのは、己の中にあらがい難い愛着があるのではないでしょうか。

 阿部ちゃんは、当時の浦和が「一枚岩になっていない」「団結心が薄れている」と感じていました。それは誰のせいでもなく、このクラブに関わる者全ての責任だと。その上で、彼は「この場所」の魅力を見いだしていました。

「浦和レッズサポーターの声援に支えられてプレーする。これ以上の喜びはないよ。最近はレッズの人気低迷が叫ばれているらしいけれど、これからもレッズサポーターがいなくなることなんてない。僕ら選手が結果を残せば、必ずサポーターは支えてくれる。だから僕ら選手は全力で試合に臨んで、勝利を目指さなきゃならない。それは当然のこと。

 最近は現役選手の間でもレッズの人気が落ちているんですよね。それでレッズに来たくないと思う選手もいるんですってね。でも多分、その選手はあのスタジアムで、仲間の大声援を受けながらプレーをしたことがないから、このチームの良さが分からないんだと思う。あのサポートを受けたら、どんな選手だって思いが深まるはず。だって僕がそうだから。

 僕は10年9月5日の駒場(スタジアム)でサポーターと約束したんです。いつか必ず浦和へ帰るって。だから僕は今回、その約束を果たすために浦和へ帰る。そして僕は、浦和レッズでJリーグ優勝を勝ち取るために闘う。それが僕に唯一できる、チームを支えてくれるみんなへの恩返しになると思うから」

 この阿部ちゃんの言葉は、僕が運営している「浦研プラス」という会員ウェブサイトで以前に発表したコラムからの引用です(宣伝です、すみません)。

※リンク先は外部サイトの場合があります

 07年にユース時代から在籍したジェフ千葉を離れて浦和へ移籍加入した阿部ちゃんは、同シーズンのACL(AFCチャンピオンズリーグ)制覇に寄与しましたが、10年シーズン途中にクラブを離れるまでJリーグタイトルを獲得することはできませんでした。だからこそ、彼はレスターの街でこう言い切りました。

「浦和でJリーグタイトルを取りたい。それが今の僕の、唯一無二の夢なんだ」

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著者プロフィール

1970年生まれ。東京都出身。2001年7月から06年7月までサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』編集部に勤務し、5年間、浦和レッズ担当記者を務めた。06年8月よりフリーライターとして活動。現在は浦和レッズ、日本代表を中心に取材活動を行っている。近著に『浦和再生』(講談社刊)。また、浦和OBの福田正博氏とともにウェブマガジン『浦研プラス』(http://www.targma.jp/urakenplus/)を配信。ほぼ毎日、浦和レッズ関連の情報やチーム分析、動画、選手コラムなどの原稿を更新中。

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