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箱根駅伝を沸かせた兄弟ランナーたち
お互いを高め、尊敬し合うライバルに

あえて異なる大学に進む兄弟も

 第93回東京箱根間往復大学駅伝競走(以下、箱根駅伝)が、年明けの1月2日から3日にかけて行われる。過去、この箱根駅伝から多くの名選手たちが飛躍を遂げた。毎年20の大学それぞれ10人ずつに加え、関東学生連合チームの10人しか走れない、まさに狭き門。出場するだけで大変なことだが、そんな夢舞台に兄弟で臨んだ選手たちもいる。

2012年、完全優勝を果たした東洋大の設楽啓太(兄/左)と悠太
2012年、完全優勝を果たした東洋大の設楽啓太(兄/左)と悠太【写真:アフロスポーツ】

 記憶に新しいのは、双子の兄弟である設楽啓太・悠太(東洋大)だろう。兄・啓太は1年生で出場した2010年度大会(第87回)から3年連続で、エース区間の2区を任され、4年次には山上りの5区で区間賞を獲得。弟の悠太は主に3区と7区を走り、2年次から3年連続で区間賞に輝くなど、2人で出場した4大会で東洋大は2度の優勝を飾った。4年次には啓太が主将、悠太が副将として兄弟で支え合った。

2区区間賞を獲得した服部勇馬(兄/左)から弾馬へのタスキリレー。2016年、戸塚中継所
2区区間賞を獲得した服部勇馬(兄/左)から弾馬へのタスキリレー。2016年、戸塚中継所【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 同じ東洋大では服部勇馬・弾馬の兄弟も、箱根駅伝に確かな足跡を残している。兄・勇馬は1年生から4年連続で出場し、2年次の13年度大会(第90回)は、5区に回った当時のエース設楽啓太に代わり、2区を走った。その後も4年生まで3年連続で2区を任され、2度の区間賞を獲得している。1つ年下の弟・弾馬も1年生から箱根路を駆け、これまで3年連続で出場。最終学年となった今大会もメンバーに名を連ねた。過去2年は青山学院大の後塵を拝しているだけに、最後の箱根に懸ける思いは強いだろう。

別々の大学に進んだ村山謙太(左)・紘太兄弟だが、2014年の国際千葉駅伝では2人のタッグが実現した
別々の大学に進んだ村山謙太(左)・紘太兄弟だが、2014年の国際千葉駅伝では2人のタッグが実現した【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 一方、彼らとは違い、双子でありながら、あえて別々の大学に進んだ兄弟もいる。駒澤大に進学した村山謙太(兄)と、城西大に進学した紘太(弟)である。高校までは同じ道を歩んできた2人だが、「兄のマネをしているだけでは勝てない」と感じた紘太が独り立ちを目指し、決断を下した。


 そして2人が3年生になった13年度大会(第90回)の2区で、兄弟対決が実現。このときは区間2位の謙太が、同18位の紘太に勝利する。しかし、翌年に再び同じ2区で顔を合わせたときは、区間2位の紘太が、同4位の兄を破った。

お互いの存在が競技を続ける刺激に

兄・謙太への対抗心をバネに成長してきた村山紘太。写真は2015年撮影
兄・謙太への対抗心をバネに成長してきた村山紘太。写真は2015年撮影【スポーツナビ】

 同じ大学に進みチームメートとして戦った兄弟も、異なる大学に進み敵として戦った兄弟も、根底にあるものは同じだ。それは「お互いへの尊敬とライバル心」。一番近くでずっと見てきたからこそ分かる強さや、自身と異なった部分がある。環境の違いはあっても、最も意識する存在であるのは必然と言える。


 村山紘太は、兄・謙太への対抗心を以前こう語っていた。


「やっぱり謙太は自分より常に先に行っている。僕と比べてスピードもある。頑張って謙太を超えていかなければいけないと思っています」


 お互いを認め合っているからこそ、負けたくない。別々の大学に進んだ2人だったが、実業団では同じ旭化成に入社。再び同じチームで切磋琢磨する道を選んだ。そして紘太は今夏、リオデジャネイロ五輪に出場。5000メートルは42位(予選敗退)、1万メートルは30位に終わったが、兄より先に夢舞台を経験した。


 一方、大学まで同じ道を歩んだ設楽兄弟は、兄・啓太がコニカミノルタ、弟・悠太がHondaに進み、異なるチームでしのぎを削る。悠太はリオ五輪に出場し、1万メートルで29位に甘んじたものの、4年後の東京五輪へ貴重な経験を積んだ。もちろん啓太も弟に負けじと、4年後へ思いを馳せる。


 箱根駅伝を経て、選択する進路はさまざまだ。再び同じチームで競い合う兄弟もいれば、異なるチームで自らの走りを磨く兄弟もいる。ただ1つだけ言えるのは、お互いの存在が競技を続けていくうえで、最も大きな刺激となっているということだろう。

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