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オメガ、プロレス界の“トランプ”に!
「この団体の本当のリーダーはオレ」
新日本プロレス1.4東京ドームでIWGPヘビー級王座に挑戦する“ザ・クリーナー”ケニー・オメガにインタビュー
新日本プロレス1.4東京ドームでIWGPヘビー級王座に挑戦する“ザ・クリーナー”ケニー・オメガにインタビュー【スポーツナビ】

 日本プロレス界の年間最大イベントである新日本プロレスの1.4東京ドーム大会。そのメインイベントで団体最高峰のベルト、IWGPヘビー級王座を懸け、“レインメーカー”オカダ・カズチカに挑むのが、“ザ・クリーナー”ケニー・オメガだ。


 カナダから2008年にDDTプロレスへ来日。2015年より新日本プロレスに移籍し、今年の真夏の祭典「G1クライマックス」にて、25年の長い歴史の中で初となる外国人王者に輝いた。新日本マットの歴史を塗り替え、鋭い銃弾で風穴をあけようとするオメガに、数々の強豪選手を打ち破っていった今年1年間について、そして、2006年のブロック・レスナー以来、11年ぶりの外国人メインイベンターとなる東京ドーム大会への思いを聞いた。

尊敬するAJ追放は「用済みだった」

1.5後楽園大会でAJスタイルズを追放し、自らがバレットクラブのトップに立った
1.5後楽園大会でAJスタイルズを追放し、自らがバレットクラブのトップに立った【写真:SHUHEI YOKOTA】

――最初に、今年1年間の活躍について振り返らせてください。まずは年頭の1.4東京ドームでKUSHIDA選手とIWGPジュニアヘビー級王座を賭けて対戦し、王座転落。その後はジュニア戦線から離脱しましたが、ヘビー級転向はいつ頃から考えていましたか?


 自分の中ではずっと、最初から考えていた。ヘビー級で戦うのが目的だった。だが、BULLET CLUBの中ではAJスタイルズというヘビー級の選手がいたし、ジュニアの選手がいなかったから、ベルトを失くすまでは、ジュニアでやっていこうと思っていた。負けたことで、吹っ切れるいい機会となった。


――翌日の1.5後楽園ホール大会では、タッグマッチで中邑真輔選手に初勝利。その直後にAJ選手追放という2つの大きな事件がありました。なぜ、ボスに対しあのようなアクションを起こしたのですか?


 ドームの前にAJがWWEに行きたがっているという噂を聞いて、もし日本にいたくないなら、クビにした方がいいと思った。ヘビー級選手になりたい自分にとってもチャンスだし、前日にAJがドームで中邑に負けて、もう用済みだと思ったしね。タイミングも良かった。ただ、選手としては、AJは自分が尊敬する数少ないレスラー。レジェンド。世界の中でベストだ。テクニックとかスピードとかパワーとか、オールラウンドプレーヤーだね。


――中邑選手については?


 オカダ、棚橋は会社に作られたスター。試合を見ても、心が動かされない。

 でも、彼(中邑)のカリスマは本物だった。ここ数年間、ヘビー級になって一番倒したい相手だった。自分が彼からインターコンチネンタル(IC)王座を奪って、ベストバウトの称号を取りたかった。2人がWWEに行ったのは残念。特に中邑が、シングルで戦う前にオレの前から逃げてしまって残念だったね。


――結局、中邑選手がベルトを返上し、代わりに名乗り出た棚橋選手と2.14新潟でIC王座決定戦を争うことになりました。


 棚橋はエースじゃないと思っていたけど、今でも強い。でも、比べたらオレの方が強いし、ベルトもオレの方が持つのにふさわしい。今年の棚橋のベストバウトはこの試合だったと思うよ。彼はオレに感謝すべきだね。


――その約1週間後の2.20後楽園では、ザ・ヤングバックスの2人とNEVER6人タッグ王座を巻き、2冠王となっています。ヤングバックスとはプライベートでも親交があるようですが?


 彼らとは1.5から「The Elite」というユニットを始めた。オレたちはギミックじゃなく、世界のエリートだ。新日本では、ジュニアのベルトはあまり大切にされてない。いつも第1試合とか、そんな扱いだ。だが、ヤングバックスには、もっといい部分がある。そこで、6人タッグという違うスタイルを作りたかった。ICがベストバウトを創り出すベルトであるなら、NEVER6人タッグはThe Eliteのベルトだ。自分としては、The Eliteで6人タッグの時代を作りたかったが、IC王者になってすぐG1も始まり、シングルのキャリアに集中しなければならなかった。でも、彼らはいつもシングルマッチではセコンドに付いてくれているよ。

後藤とのリマッチは会社の策略 本当に戦いたかった相手は……

新日本プロレスでは初となるラダーマッチを敢行。エルガンとの壮絶な試合となった
新日本プロレスでは初となるラダーマッチを敢行。エルガンとの壮絶な試合となった【写真:SHUHEI YOKOTA】

――6.19大阪城ホールでのIC王座戦は、マイケル・エルガン選手との壮絶なラダーマッチとなりました。ラダーマッチは新日本としては初の試みで、大きなインパクトを与えました。


 確かに、初めて新日本でそういうスペシャルな試合をやった。オレがやらないとダメだと感じたんだ。でも、負けてしまった。試合のクオリティは好きだったけれど、結果が出なかった。自分がアイデアを出して、失敗して負けて、悔しい。


――もし当初の予定通り、棚橋選手とラダーマッチをやっていたら、結果や内容は違っていた?


 そうだね。もし棚橋だったら、彼に勝ち目はなかっただろう。大勢のファンの前で、彼の姿、キャリアをぶっ潰すのを楽しみにしていた。でも、エルガンはカナダ人。カナダではラダーマッチは普通の試合だ。彼はインディー団体でも活躍していて、ラダーマッチに詳しかったので、やられてしまった。自分の限界を超えて、ダメージをすごく受けてしまった。負けたことが、すごく恥ずかしかった。


――結果としては満足いくものではなかったとはいえ、この試合がオメガ選手のひとつの転機となり、G1優勝に繋がったように思います。


 ICベルトを手にしている時は、力を持っている気がした。自分がやりたい試合ができるし、相手も選べる。でも、会社はBULLET CLUBのケニー・オメガをプッシュしたくないと思っているから、ベルトを落としたら、もう自力でG1を優勝するしかない。だから優勝した。だが、優勝してドームの挑戦権利証を手に入れても、自分の思い通りにはならなかった。YOSHI-HASHIは自分で選んだが、なぜ次、また後藤(洋央紀)とリマッチしたいと思う? 違うだろ。それは会社の策略だ。


――もし、自分で対戦相手を選べたなら、誰を指名したかったですか?


 石井(智宏)だね。G1でオカダを破った相手を自分が倒したかった。ドームでオレがベルトを取ったら、一番最初の挑戦者には石井を指名するかもしれない。まだシングルで戦ったこともないしね。ファンも見たいんじゃないかな。

高木裕美
静岡県沼津市出身。埼玉大学教養学部卒業後、新聞社に勤務し、プロレス&格闘技を担当。退社後、フリーライターとなる。スポーツナビではメジャーからインディー、デスマッチからお笑いまで幅広くプロレス団体を取材し、 年間で約100大会を観戦している 。最も深く影響を受けたのは、 1990年代の全日本プロレスの四天王プロレス。