愛する選手との別れがどんなにつらくても ライター島崎が語るJリーグの魅力(5)

島崎英純

Jリーグの魅力を伝える連載。今回は長年クラブに貢献してきた選手との別れ 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 本連載は「Jリーグの魅力について」というお題目です。責任重大。

森崎浩司の引退セレモニーに号泣

森崎浩司の引退セレモニーでのスピーチに、多くの人々が涙した 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 2016年10月29日。広島県広島市。エディオンスタジアム広島、森崎浩司選手。浩司選手の引退セレモニーは心に染みました。二卵性双生児の森崎和幸選手とともにサンフレッチェ広島に加入して、ユースで3年、そしてプロになってからは17年もの長きに渡って、彼は広島のために戦ってきました。僕が取材対象とする浦和レッズもかつて、浩司選手の“悪魔の左足”から直接FKを決められました。どっしりとした腰から打ち出される強烈なシュートの数々とダイナミックなボールの持ち出しは、僕の脳裏に鮮烈な印象を刻みつけました。

 そんな浩司選手は、広島がJ2で戦った2008年シーズンにオーバートレーニング症候群の診断を受けて辛く厳しいリハビリ生活を送った経験があります。オーバートレーニング症候群とは過度な運動や休養不足、睡眠不足などさまざまな要因によって慢性的な疲労感や運動効率の低下などを引き起こす病気です。浩司選手は大変責任感の強い人物であるとのことで、チームのために、自らのために厳しい修練を重ねた結果、このような疾病に見舞われたと推察されます。しかし彼は後に病を克服し、広島を12年、13年、15年シーズンの3度Jリーグ制覇へ導きました。そんな広島を代表する「レジェンド」である浩司選手が、今季限りでの現役引退を決断したのです。

 普段の浩司選手は兄・和幸選手と付かず離れずの関係を保っていました。もともと兄弟というものは愛情を表にひけらかしません。それは3歳年下の弟を持つ僕も十分に理解するところ。しかし浩司選手は引退セレモニーの場で、「僕にとって昔も今も、最高の選手は森崎和幸」と言い切りました。それを聞く和幸選手の頬が涙で濡れた瞬間、僕も感情を押さえ切れずに号泣してしまいました。

 これまで森崎兄弟の勇姿を見守ってきたご両親、ご家族、クラブスタッフ、監督、コーチ、チームメート、そしてサポーターの方々は、素晴らしい愛に満ち溢れたサッカー人生を歩んだ浩司選手に万雷の拍手を送りました。これこそJリーグを観続けることで得られる純粋な幸せなのだと、僕は今、深く再認識しています。

キム・ミヌの手紙に涙が止まらない

キム・ミヌのお別れのあいさつも、クラブへの想いに溢れていた 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 2016年10月29日。佐賀県鳥栖市。ベストアメニティスタジアム、金民友(キム・ミヌ)選手。レッズがサガン鳥栖のホームで対戦すると、スタンド上段の記者席で観ている僕はいつも、強烈なプレッシャーの嵐を体感します。それはサッカー専用スタジアムが醸す良い意味での圧迫感なのか、それともレッズとのゲームで表出するホームチームの絶大なる自信の萌芽か。僕はしばらくの間、その理由を見いだせませんでした。

 でも、今ならばその訳がよく分かります。背番号10が溢れんばかりの闘志で相手へ向かい、全身を使ってボールを奪い取り、返す刀で敵陣へ突進します。ゴールに至らず相手にボールが渡れば、またしても全速力で帰陣して防御態勢に入る。絶え間ない攻守の切り替えの中で、この選手は一切心を折らない。僕はいつも、そんなミヌ選手のプレーに深い感銘を受けていたのです。

 ミヌ選手は韓国の延世大学を退学となった後、10年に鳥栖へ加入しました。当時の鳥栖はJ2に在籍する中で資金難にあえぎ、日本のトップカテゴリーであるJ1で戦う夢への道はまだまだ途上でした。しかし苦境の淵でもチームは力強く成長を果たし、中核のミヌ選手も韓国代表キャップを刻みながら、今季はJ1の舞台でマッシモ・フィッカデンティ監督体制の下、キャプテンを務めて仲間をけん引してきました。

 ミヌ選手の魅力はピッチ上のプレーだけにとどまりません。常に精進を重ね、あらゆる人々と真摯(しんし)に慈愛の念を持って接する。彼が見せる闘いの場での鬼気迫る顔と、チームメートやサポーターと触れ合う時の柔和な表情はまるで異なりますが、そのすべてがキム・ミヌという人物の心根を物語っています。

 26歳のミヌ選手はこの度、母国の兵役義務を全うするために韓国へ帰国することになりました。今季ホームゲーム最終戦後にお別れのあいさつに立った時、彼は自らを優しく包み続けてくれた全ての方々へ向けて手紙をしたため、約8分に渡って思いの丈を述べました。

 聡明で思慮深く、情熱のこもった言葉の数々。僕は今、何度も何度も彼のあいさつをVTRで見直していますが、そのたびに涙が止まりません。どれかひとつなんて挙げられない。彼の全ての言葉が、僕の心に響くんです。

「私はまた、いつの日か皆さんの熱い応援を背に、サガン鳥栖のユニホームを着て、ここベアスタのピッチに立てる日を夢見ています」

 あぁ、駄目だ……。彼の発する言葉を文章でつづっていたら、また涙が出てきた……。

 7年間を過ごしたクラブへの想いに溢れる選手と、その愛情を受け止めるサポーターは、まさに相思相愛。でも、やっぱり別れは悲しい。これもまた、Jリーグを観続けなければ得ることのできない感情の発露なのでしょう。

 よし、今日は浩司選手やミヌ選手の素晴らしいプレーの数々を振り返って感慨に浸るために、都心のしゃれたバーへでも行ってキリンビールのラガーをちびちび飲もうと意を決したその時、またしても僕のパーソナルコンピューターにポコーンと不吉なメール到着通知が……。そう、スポーツナビ編集部の敏腕美人編集者さんからの、本連載原稿催促の文言です。

「いやいや、この前のコラムを書いてから、まだ1カ月も経っていませんよ」という僕の反論など、彼女の胸の奥には一切届きません。

「J1は11月3日に最終節を迎えますから、当然次の連載も前倒しでお願いします!」

 反論のしようもありません。ぐむー、うなだれた僕はビールへの誘惑を断ち切り、まずは作業デスクの上で腹を出して寝ている愛猫をどかす作業から始めようと決意したのでした。

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著者プロフィール

1970年生まれ。東京都出身。2001年7月から06年7月までサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』編集部に勤務し、5年間、浦和レッズ担当記者を務めた。06年8月よりフリーライターとして活動。現在は浦和レッズ、日本代表を中心に取材活動を行っている。近著に『浦和再生』(講談社刊)。また、浦和OBの福田正博氏とともにウェブマガジン『浦研プラス』(http://www.targma.jp/urakenplus/)を配信。ほぼ毎日、浦和レッズ関連の情報やチーム分析、動画、選手コラムなどの原稿を更新中。

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