サッカーに情熱を注ぐ田中達也という男 ライター島崎が語るJリーグの魅力(4)

島崎英純

9年ぶりのタイトル奪取を喜んでいると……

12年シーズンまで浦和に在籍した田中達也。クラブに初タイトルをもたらした1人だ 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 本連載は「Jリーグの魅力について」というお題目です。責任重大。

 いやー、浦和レッズ、2016年シーズンのYBCルヴァンカップで優勝致しました! 前身のヤマザキナビスコカップから数えると、クラブ史上13年ぶりとなる同大会の制覇です! また、レッズは07年シーズンのAFCチャンピオンズリーグを制して以降、ひとつのタイトルも獲得できず、今回は9年ぶりのタイトル奪取となりました。素晴らしい! 

 試合は近年幾多のタイトル争いの中で浦和の前に立ちはだかってきたガンバ大阪が相手でした。G大阪はやはり歴戦の強豪で、アデミウソンの先制独走ゴールは圧巻の一言。またPK戦ではレッズサポーターが『We are REDS』の大声援を響かせる中でキャプテンの遠藤保仁が冷静にキックを決めるなど、さすがの強さを見せつけました。

 遠藤は04年に中国で開催されたアジアカップのヨルダン戦でPK戦の末に勝利した後、チームバスの運転手さんに忘れられて中村俊輔と2人してミックスゾーンに取り残されたんですが、平然とした表情で「じゃあ、歩いて帰ろうかな」とおっしゃった傑物。スタジアムの外には興奮した中国の方々がいらっしゃるというのに、その強心臓ぶりに驚愕したものですが、今回もまた、遠藤の頼もしさに敬服いたしました。

 また、試合終了後の表彰式でレッズの選手がカップを掲げる際にピッチへ座り込んでいたG大阪の選手に対し、長谷川健太監督が「立ちなさい」と言って勝者をたたえるように促した行為にも感銘を受けました。「健全な理念が強者を育む」。そんな素晴らしい好敵手と戦えたことにも感謝の念が募ります。

 ただ、それでもレッズは延長戦を含めた120分間の死闘の末、最後は遠藤航が最終キッカーとしてPKを決め、ついに戴冠を果たしました。遠藤航は23歳という若さながら堂々としたたたずまいで、さすが3児の父といった風情です。そんな彼は、「右に蹴るんじゃないかな」「いや、絶対右に蹴るだろう」と思わせておいて、案の定、右にズドンと蹴って優勝を決めるあたり、やはりただ者ではありません。

 いやー、ありがとうございます。レッズサポーターの皆様、おめでとうございます。

 と、ひとしきり感慨にふけっていると、僕のパソコンに「ピコーン」と悪魔の通知が……。半ば確信めいたところもありましたが、やはり担当編集者さんからの本連載催促メールでございました。ガーン。一気に現実へと引き戻された私は、雫の滴るビールジョッキを片手に祝杯を挙げるレッズサポーターの方々を横目に、静々と帰路に着きましたよ。

田中達也が1度だけ見せたゴールパフォーマンス

03年のナビスコカップ(当時)決勝で、田中達也が1度だけ見せたゴールパフォーマンス 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 さて、ルヴァンカップは、レッズにとって非常に特別なタイトルです。なぜならば、Jリーグが発足した1993年以降で、レッズがクラブ史上初めて優勝を果たした大会だからです。

 03年シーズン、レッズは前年の同大会決勝で0−1で苦杯を喫した鹿島アントラーズと国立霞ヶ丘競技場で再び対峙(たいじ)します。ルヴァンカップでは大会を通じて最も活躍が顕著な23歳以下の選手1名を選出する「ニューヒーロー賞」が設けられ、この年の受賞者は当時レッズに所属していた田中達也(現アルビレックス新潟)でした。

 達也は決勝の鹿島戦で優勝をほぼ決定付ける3点目をマークし、クラブ史上初のタイトル獲得に寄与するけん引者となりました。ペナルティーエリア左からゴール中央へカットインして右足シュートで決めた得点は当時の達也の代名詞的なゴールパターンでした。ただ、それよりも彼が直後のゴールパフォーマンスでつまずいて両手を天に掲げたシーンが大変有名になりました。

 でも、このパフォーマンスはこの時の1回のみで、その後の彼は一度もこんな仕草を見せたことがないんですよね。それを達也に問うと、当時は無我夢中で自分がどんなポーズを取ったのか全く覚えてないらしいです。そして本人いわく、当時の映像を見ると、「とっても恥ずかしい……」とのこと。でも僕にとっては感慨深い名シーンなんですよね。

人見知りで、恥ずかしがり屋さん

 そんな達也とレッズの取材記者である僕との出会いは、僕が某サッカー専門誌の浦和担当を拝命した直後の01年夏のことでした。当時の浦和のクラブハウスはプレハブ建築で、正直に申し上げると非常に簡素な建物でした。ただ、とても牧歌的だったので、同じ建物内で僕たちメディアと選手が同じトイレを使用するような緩い環境でもあったんですね。

 ある日、僕が用を足そうと真剣な眼差しで大地へ立つと、外から妙な鼻歌を歌いながら近づく人の気配がします。しばし聞き耳を立てると、「おーれーはジャイアーン!」と歌っているような気がする。その勢いのままに、ものすごい大股でトイレに飛び込んできたのはそう、達也さん、その人でした。

 レッズサポーターの方々はすでにご存知かもしれませんが、田中達也という人物は究極の人見知りでして、ひとたび仲が良くなれば、「1日に1時間でもいいから、何も喋らない日を作れ!」と言われるほどウルサイ人物です。一方、彼は初対面の方の前では亀のように黙って佇んでしまう、大変な恥ずかしがり屋さんでもあります。

 そんな達也が知らないやつに鼻歌を聞かれたとあっては、人生最大の失態を犯したに等しい。「はっ!」と目を見開いた彼は便器の前で、「す、すみません……」と消え入るような声を発し、用も足さずにトボトボとその場から去っていきました。鼻歌の選曲を誤ったと後悔していたのでしょうか。

 そんな達也も今年で34歳、今では3児の父親になりました(どこかで聞いたような……)。彼は12年シーズンを限りにレッズを離れ、13年シーズンからは新潟に所属し、今でもクラブ、チームに心血を注いでいます。

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著者プロフィール

1970年生まれ。東京都出身。2001年7月から06年7月までサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』編集部に勤務し、5年間、浦和レッズ担当記者を務めた。06年8月よりフリーライターとして活動。現在は浦和レッズ、日本代表を中心に取材活動を行っている。近著に『浦和再生』(講談社刊)。また、浦和OBの福田正博氏とともにウェブマガジン『浦研プラス』(http://www.targma.jp/urakenplus/)を配信。ほぼ毎日、浦和レッズ関連の情報やチーム分析、動画、選手コラムなどの原稿を更新中。

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