帝京ロンドン学園がプロを生み出すまで 在英日本人が育んできたサッカー文化

カルロス矢吹

試合開始時刻の変更なども日常茶飯事

イギリスでは、高校サッカーでも多くのチームがロングボール主体で、激しく身体をぶつけてくる 【カルロス矢吹】

 冒頭で述べた、ウーズデイル・スクールとの試合に話を戻そう。竹内が切り開いた道を礎に、今ではアジア人に対する偏見はなくなった。それでも、戸惑う要素は数多くある。事実、この試合は当日になって相手チームが試合開始時刻の変更を要求し、それが通るという日本では考えられない事態が起こった。だが、キャプテンの落合将世を筆頭に「イギリスではよくありますから」と、生徒たちは慣れたもの。1時間以上の試合開始遅延も、空いた時間を戦術やコンディションの微調整に活用していた。

 プレー面での違いも大きい。イギリスでは、高校サッカーでも多くのチームがロングボール主体で、激しく身体をぶつけてくる。ウーズデイル・スクールも例に漏れずフィジカルを前面に押し出し、日本人との体格差を突いてくる。日本では笛が吹かれるような際どいプレーも、イギリス人審判は流していく。結果、パワープレーの応酬になり、競り負けこそしなかったが、両チーム無得点。ウーズデイル・スクールの生徒の1人は試合終盤に暴言で一発退場という、かなり大味な試合となった。

「こういう試合は気持ちで負けたらダメ」。ハーフタイムにそう檄(げき)を飛ばしていた、現顧問の末弘健太は反省を交えて試合後こう話してくれた。

「今日の相手は、いくらイギリスとはいえ、かなり荒い相手でした。気持ちで負けずによく戦いましたけれど、ちょっと熱くなりすぎてお付き合いしちゃいました。もっと普段通り、しっかりパスを回して勝たなければいけない試合だったと思います」

卒業生から欧州クラブのプロ選手が誕生

 しかし以前、末弘からこんな話を聞いたことがある。日本に遠征し、日本の高校相手に練習試合をした際、審判が帝京ロンドン学園のプレーの多くをファウルと見なし、全く試合にならなかった上、試合終了後に相手の監督からもクレームが来てしまったそうだ。

「こちらは普段通りのプレーをしていただけなんですが、日本と英国だとジャッジの基準が違うので、こういうことが起きてしまいました。ただ、W杯や欧州のトップリーグは間違いなくイギリスの基準に近い。施設面だけではなく、国際基準で精神面や判断力を養えることがウチの一番の強みです」

 末弘の言葉を裏付けるように、昨年度のサッカーコース卒業生である世川楓悟は在学中に欧州の環境に適応し、卒業後スウェーデンのオンゲIFとプロ契約を結んだ。竹内が顧問を務めた英国暁星国際学園時代から数えても、イギリスの在外教育施設出身者では初の欧州クラブ所属選手の誕生であった。

 日本人に対する偏見とも戦った30年弱の歴史を経て、ゆっくりと醸造されたこのサッカー文化は、今確実に大きな成果を産み出し始めている。これから第2、第3の世川楓悟を輩出するのか、今がピークなのか。それはこれからの取り組み次第であろう。帝京ロンドン学園サッカー部の挑戦は、まだ始まったばかりだ。

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著者プロフィール

1985年宮崎県生まれ。作家、専門はポップカルチャー。(株)フードコマ代表。大学在学中より日本と海外を往復しながら執筆業を開始。2012年より、日本ボクシングコミッション試合役員に就任。山中慎介や井上尚弥ら、日本人世界チャンピオンのタイトルマッチを数多く担当。親子三代に渡る生粋の中日ドラゴンズファン。著書に『のんびりイビサ』、『北朝鮮ポップスの世界』、『世界のスノードーム図鑑』など多数。

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