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箱根V&マラソン代表「両方狙う」
青学大・一色が描く、東京への青写真
2月の東京マラソンで確かなポテンシャルを示した一色恭志。東京五輪のメダルを目指す22歳が今の思いを語った
2月の東京マラソンで確かなポテンシャルを示した一色恭志。東京五輪のメダルを目指す22歳が今の思いを語った【スポーツナビ】

 この春、青山学院大のエース・一色恭志は日本選手権5000メートルで4位に入るなど、学生の枠を超えた活躍を見せた。2月の東京マラソンでは2時間11分45秒と日本人3位。早くから関係者の間でマラソンへの適性を評価されていたが、それを証明する結果を残している。


 一色の目標は2020年東京五輪でのメダル。マラソンランナーとして歩み出した今、何を思うのか。話を聞いた。

マラソン挑戦がもたらした変化

――あらためて2月の東京マラソンを振り返ってください。


 本格的なマラソン練習は1月の箱根駅伝が終わってからで、それも42.195キロ走を2本と、軽く30キロ走を何本かやったくらいです。少ない準備で(2時間)11分台が出せたので、結果だけを見ればそれなりに走れたとは思います。ただ自分としては、完走しただけというのが率直な印象です。まだマラソンランナーになったという実感はありません。


――マラソンを経験し、意識が変化した部分は何かありますか?


 変化ではありませんが、あらためて「こんなレベルでは世界と戦うとは言えない」と感じました。村山(謙太、旭化成)さんは7キロを過ぎて海外勢がペースを上げた中、果敢にそこについていきましたが、あの走りこそ、世界と戦えるものだと思います。マラソンは1キロ3分が基本だと思いますが、今回の東京マラソンはそこに遠く及ばないペースでした。でもその流れでレースが進んでいたら、自分は30キロでフラフラになっていたと思います。それでなくても実際、38キロ付近でかなりきつくなって、本当にやめたくなりました。ただその「きつさ」を経験し、練習でもレースでも攻めていけるようになった点は変化ですね。「あれ以上の苦しさはないはず」と考えられるようになりました。

東京マラソンでは世界との差を痛感したという
東京マラソンでは世界との差を痛感したという【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

――今季前半のトラックシーズンは好調でした。その意識の変化も関係していますか?


 関係しています。関東インカレ2部5000メートルではスタートラインになった時、「自分以上に苦しい経験をしている選手はいない」と思えたので前半から突っ込み、最後までうまく走り切って優勝できました。日本選手権5000メートルも最後は競り負けましたが4位。目標が入賞だったので結果は予想以上でしたが、レース終盤で2位を走り、表彰台が見えていただけに今は悔しい気持ちが残っています。それも攻めのレースができたからだと考えています。


 自分の理想はマラソンを走りながら、トラックでも結果を出すこと。高いレベルで両方が安定した結果を残せてこそ本当に強い選手と言えるので、そこは今後もこだわっていきたいと感じています。

加藤康博
1976年埼玉県生まれ。スポーツライター、ノンフィクションライター。国内外の陸上競技に加え、サッカー、ラグビー、アメリカンフットボールといった“フットボール全般”の取材をライフワークとする。スポーツだけでなく、「スポーツの周辺にある物事や人」までを執筆対象としている。著書に『消えたダービーマッチ』(コスミック出版)

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