IDでもっと便利に新規取得

ログイン

「陸上界を変える」ならマラソンを
青学大・下田、東京五輪への思いを語る
2月の東京マラソンで頭角を現し、東京五輪へ期待の星となった下田裕太が描く青写真とは?
2月の東京マラソンで頭角を現し、東京五輪へ期待の星となった下田裕太が描く青写真とは?【スポーツナビ】

 今年2月の東京マラソン、2時間11分34秒で当時19歳の下田裕太(青山学院大)が日本人2位に入った。昨年度、青山学院大では駅伝メンバーとして出雲駅伝、箱根駅伝の優勝に貢献したが、マラソンでも高い潜在能力を見せた形だ。


 あれから7カ月。マラソンを経験し、ランナーとしてなにが変わったのか、今夏のリオデジャネイロ五輪に何を感じたのか。そして2020年に向け、どんな青写真を描いているのか。今の思いを聞いた。

東京マラソン後に考えたこと

――リオ五輪の男子マラソンはどのように見ましたか?


 まだ「自分が出ていたら……」とは考えられませんし、実際、出たとしても戦えるレベルではありません。きっとついていけるところまでついていって、離れるだけだと思います。優勝したエリウド・キプチョゲ選手(ケニア)は(中間点まで)65分台で入り、後半は62分台に上がっていました。心肺機能はもちろん、すべての面でフィジカルの強さがなければできない走りです。レベルの差はすごくあるなと感じました。


――昨年度、大学2年生の19歳で初マラソンに挑みました。どんな経緯で参戦が決まったのでしょうか?


 自分はセンスで走るというより、練習を積み重ねて強くなるタイプです。昨年の夏にレベルの高い練習をしたいと思い、原晋監督に「マラソンには出なくてもいいので、マラソン対策の練習をさせてください」とお願いしたんです。そうしたら「どうせ練習するなら目標があったほうがいい」と言っていただき、挑戦が決まりました。加えて、原監督の「日本の陸上界を変えたい」という言葉にも影響を受けました。大きな目標があったほうがモチベーションも上がります。自分だけでなく青山学院大がチームとして東京マラソンに挑めば注目されますし、そこにも魅力を感じました。リオ五輪の選考に絡む意識はなかったです。

10代の日本人最高記録を更新して日本人2位。下田の快挙は陸上界に大きなインパクトを残した
10代の日本人最高記録を更新して日本人2位。下田の快挙は陸上界に大きなインパクトを残した【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

――時間が経った今、初マラソンをどう振り返りますか?


 走り終わった時の満足感は時間が経っても変わらないですね。(2時間)12分台をターゲットにしていたので、良い形で走れたと思います。1月の箱根駅伝までは区間記録を狙うため、1キロ3分ペースで30キロまでいく力をつけようと練習していました。逆に言えば箱根駅伝までで30キロを走る練習はできているとも考えられます。そこからの2カ月で12.195キロ伸ばすのは簡単ではありませんが、できないことではないと思っていました。


 東京マラソンが終わって、「次に何をやりたいか」と考えた時、頭に浮かんだのが「世界の舞台で戦いたい」という思いです。箱根駅伝を勝った時も注目していただきましたが、マラソンで結果を残した方が陸上界に与える影響は大きいと実感しました。「陸上界を変える」ためには、やはりマラソンなんだなと思いましたね。


――「陸上界を変えたい」とは具体的に何を変えたいのでしょうか?


 今、自分は青山学院大ですごく恵まれた環境の中で競技ができています。具体的に言うと、科学的に根拠のある練習ができているんです。でも準備運動ひとつとっても、走るためには走るための準備運動があるのに、学校の体育の授業でやっていたものと同じ体操をやっているチームもある。それがずっと変わらず繰り返されていると、原監督はよく話をされます。今の自分にはまだ言う資格はないと思いますが、すごくもったいないことです。自分たちがマラソンでもっと強くなって、陸上界に影響を与えられる選手になりたいです。

加藤康博

1976年埼玉県生まれ。スポーツライター、ノンフィクションライター。国内外の陸上競技に加え、サッカー、ラグビー、アメリカンフットボールといった“フットボール全般”の取材をライフワークとする。スポーツだけでなく、「スポーツの周辺にある物事や人」までを執筆対象としている。著書に『消えたダービーマッチ』(コスミック出版)

スポナビDo

新着記事一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント