新世代の台頭著しい車いすテニス
銅メダル争いで見えた日本の現状

国枝が築き上げてきたベース

3位決定戦で勝利し、銅メダルを獲得した(右から)国枝、齋田組
3位決定戦で勝利し、銅メダルを獲得した(右から)国枝、齋田組【写真:伊藤真吾/アフロ】

 リオデジャネイロパラリンピックの車いすテニス、男子ダブルスの3位決定戦は、時代を映す象徴的な試合になった。


 現地時間9月15日、車いすテニスの男子ダブルス3位決定戦が行われた。このステージに登場したのは、日本の国枝慎吾(ユニクロ)、齋田悟司(シグマクシス)組と、三木拓也(トヨタ自動車)、眞田卓(吉田記念テニス研修センター)組。日本チーム2つがベスト4に進み、激突した。


 国枝/齋田は、国枝が初めて出場したアテネパラリンピックで金メダルを獲得したペアだ。その後、国枝は北京大会、ロンドン大会のシングルスで2連覇を達成。世界の車いすテニス界を席巻してきた。そして、そんな国枝の活躍を見て、車いすテニスを始め、上を目指してきたのが、三木/眞田である。日本をけん引してきたスーパースターと、追いかける若手が、ともに銅メダルを懸けた戦いに挑んだのだった。


 日本の障がい者スポーツの中でも、車いすテニスの存在は大きい。国枝慎吾という世界的なスーパースターがいるからだ。特に北京パラリンピック以降、国枝の姿に憧れて車いすテニスを始める子どもは急増した。ジュニアが育ち、強化指定選手に選出されることが難しくなってきた。そういうベースを、ここ10年で築き上げてきたのだ。


 今大会、上地結衣(エイベックス・グループ・ホールディングス)が車いすテニスの日本人女子として、初めてシングルスで銅メダルを獲得したことも、男子ダブルスで2組の日本人ペアがベスト4に進出したことも、こうした流れの上に表れた結果である。


 それは日本にとどまらない。世界の車いすテニスプレーヤーは、クニエダのプレーを目指し、クニエダを倒す新たな力を身につけるべくトレーニングを積み重ねてきた。クニエダは世界のスタンダードであり、指針である。

フォーカスしたのはメダル獲得のみ

「勝つことを最優先した」。国枝が3位決定戦でフォーカスしたのはメダル獲得だけだった
「勝つことを最優先した」。国枝が3位決定戦でフォーカスしたのはメダル獲得だけだった【写真:伊藤真吾/アフロ】

 今大会、国枝は試練を突きつけられた。シングルスでは準々決勝で敗れ、ダブルスでも準決勝で敗退し3位決定戦に回った。今年4月に右ひじの手術をしたことが一つの要因だったとはいえ、終わってみれば国枝が得たメダルは銅メダル1個。誰がこの結果を予想できただろう。


「シングルスで悔しい思いをして、苦い大会になった。ダブルスの銅メダルで、その悔しさが少しは報われたかな、と」


 それは国枝の本音だ。


 日本人対決となった3位決定戦は、国枝/齋田が6−3、6−4でストレート勝ちした。


「普段、何度もこの組み合わせで練習している。でも、パラリンピックのような大舞台で真剣勝負するのは初めてですね」


 国枝がこの試合にフォーカスしたのは、今大会で最後のチャンスとなったメダルの獲得、ただ1点だった。


「だから、勝つことを最優先に考えてプレーしました。リオのセンターコートは広さがキーになる。守備力が生かされるコートです。そこで齋田さんがしっかり我慢してくれたので、こちらのペースで展開できた。ただ、正直、今日のような試合展開は自分としてはやりたくない。それでも、勝つか負けるかという勝負の中で、割り切って取り組んだところがありました」

宮崎恵理

東京生まれ。マリンスポーツ専門誌を発行する出版社で、ウインドサーフィン専門誌の編集部勤務を経て、フリーランスライターに。雑誌・書籍などの編集・執筆にたずさわる。得意分野はバレーボール(インドア、ビーチとも)、スキー(特にフリースタイル系)、フィットネス、健康関連。また、パラリンピックなどの障害者スポーツでも取材活動中。日本スポーツプレス協会会員、国際スポーツプレス協会会員。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。

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