「スポーツによる地域創生」とは何か? 今治アドバイザリーボードが語る最新事情

宇都宮徹壱

重視すべきは「地元にレガシーを創り遺す」こと

カメルーン代表のキャンプ地となった大分の中津江村(現日田市)。カメルーンとの交流はその後も続いている 【写真は共同】

――ゴールデン・スポーツイヤーズを間近に控える中、先生もさまざまな地方自治体からキャンプ地に関する相談を受けているかと思いますが、どんなアドバイスをされているんでしょうか?

 私は「慌てるな」という話をしていますね。相談を受けると皆さん、ジャマイカの陸上チームとか、ドイツのサッカー代表とかを誘致したいと言い出すんですよ(苦笑)。でも02年(のW杯)を思い出してください。当時大人気だった、デイビッド・ベッカムのイングランド代表がどこでキャンプをしていたのか、覚えていますか?

――淡路島の津名町(現淡路市)でしたっけ?

 そうです。でも、何かレガシーとして遺っているのかといったら、アマチュアのサッカー大会をやっているくらいですよね。それに比べたら、カメルーン代表のキャンプ地となった大分の中津江村(現日田市)のほうが、はるかにインパクトがあったし、今もカメルーンとの交流が続いているというレガシーが遺っているわけですよ。

――あとはクロアチア代表がキャンプした新潟の十日町市では、国際ユース大会が開かれるようになって、今でもクロアチアのチームが招かれていますね。

 それもいい例ですね。私が「慌てるな」という理由は、自分たちの自治体が将来、どういうレガシーを創り遺したいのか、そのためにどの国のどの競技を誘致するのかをしっかり考えてほしいからなんです。それともうひとつ、今後TPP(環太平洋経済協定)時代となって自由貿易化がますます進む中、自治体レベルの外交や通商が進んでいくということも視野に入れる必要がある。面白い例を挙げると、千葉県の山武(さんむ)市。成田空港から10キロぐらいの九十九里浜に面した人口5万人の自治体が、スリランカのチームを誘致しようとしています。

――なぜスリランカだったんですかね?

 たまたま地元の学校の校長先生が、スリランカのお坊さんと知り合いで、その人が政府につなげてくれたそうです。あと山武市にはスリランカからやって来て、自動車解体の仕事をしている出稼ぎの人たちが100人くらい暮らしているらしいんですね。で、山武市が何を狙ったのかというと、子どもたちのグローバル化。スリランカの人たちをキャンプで誘致することで、子どもたちがグローバル感覚を身につけ、将来的には成田空港で働くようになれば、という思いがあるみたいです。

――それは非常に面白い話ですね。他にもそうした動きがありますか?

 今年の3月に北海道新幹線が開通して、本州の最北端に奥津軽いまべつ駅というのがあるんですが、そこの今別町という人口2800人ほどの町は青森県屈指のフェンシングの町なんですね。その今別町に、モンゴルのフェンシング協会から強化支援の依頼があって、モンゴルの選手たちが合宿しているそうです。ただ、この話にはオチがあって、モンゴルのフェンシングチームは、まだ一度も五輪に出場したことがないそうです(笑)。

「スポーツで稼ぐ」ための改革

バスケットボールの人気チーム、琉球ゴールデンキングスの本拠地・沖縄のように、自治体の中に「スポーツで稼ぐ」ことの重要性に気づいているところも出てきた 【写真:アフロスポーツ/bj-league】

――自治体独自の国際交流という話を今治にもつなげると、FC今治がアジアの少年チームを招いて毎年開催しているバリカップが当てはまると思います。そこでここからFC今治に関連した話に移りたいのですが、先生はアドバイザリーボードの1人として、主にどんな分野でアドバイスをされているのでしょうか?

 私に期待されているのは、スタジアムに関することですね。私自身、スポーツ庁と経済産業省で作っているスポーツ未来開拓会議の座長をやらせていただいていて、中間報告の中で最初に着手すべきこととして「スポーツアリーナ改革」というものがあるんです。これまでのような国体仕様のグラウンドとか体育館の時代ではない。キチッと稼げるスタジアムやアリーナを作ることによって、日本のスポーツを成長産業化していく。この件に関しては、スポーツ庁の鈴木大地長官も「スポーツで稼ぐ」と明言しています。

――鈴木長官がそう明言していること自体、より快適なスタジアム建設を後押しするきっかけにはなると思うんですが、なかなか地方に行き届いていないようにも感じます。

 確かにそうで、地方の場合だとサッカー場にしろ、野球場にしろ、都市公園法に縛られて「多機能複合型の稼げるスタジアムはできない」という固定観念があるんですね。でも今回、スポーツ未来開拓会議の座長になって、いろいろな法律を検証した結果、まったく瑕疵(かし)がないことが明らかになりました。国土交通省の担当者に聞いても「むしろ多機能複合化にして、どんどん稼いでください」と言われました。

――それは知りませんでした。たとえば公園内にあるスタジアムだと、都市公園法があるから火は使えない、だから温かい料理が出せない、といった縛りがありました。でもそれって、よりよいサービスを提供せずとも、必要最低限のことをやっていればいいという、いかにも昭和のお役所的な考え方が根底にあったということですよね。

 面倒なことはせず、横並びで隣と同じことをやっておけばいいという発想ですよね。そこを変えるために今、官民連携推進協議会というものをスポーツ庁の中に作りました。会長が鈴木長官で、10人ほどいる幹事の中には岡田武史さん、Bリーグの大河正明チェアマン、そして私も入っています。これは官民でやらなければならない話ですが、官は上からのお墨付きがないと動きにくい。ですので、いわばトップダウンで、官民連携のガイドラインを今作っているところです。ただし自治体の中には、「スポーツで稼ぐ」ことの重要性に気づいているところも出てきました。競技はバスケットボールなんですけど、沖縄の琉球ゴールデンキングスがそうですよね。

――すごくお客さんが入っているチームですね?

 入っているんですけど、現状では3500人しかキャパがないんです。そこでホームタウンの沖縄市が、新たに1万人収容のアリーナを作ることにしました。Bリーグだと5000人収容が条件なんですけど、その倍の1万人。日本で一番大きな室内競技場だと、埼玉スーパーアリーナで2万人ですけど、沖縄で1万人というのはかなり思い切った決断です。もちろんバスケットの試合だけでなく、コンサート会場としての収入も見込んでいるんですが、それだと5000人では割に合わない。ということで1万人という数字になったようです。先日、市の担当者に話を聞きましたけど、より快適に「見せる」ための多機能復号化の施設にしていくと。Bリーグのホームゲームは年間30試合ですけど、すべての試合で1万人を埋める自信もあるようでした。

人工芝によるインドア化で収益アップ?

――そうしたさまざまな地域や競技の事例がある中で、FC今治の新スタジアムについて考えてみたいと思います。人口17万人弱の自治体に5000人収容のスタジアムを作るわけですが、勝算はあると先生はお考えでしょうか?

 現在、四国リーグの試合で多い時に2300人が入っているじゃないですか。その人たちが友だちを1人ずつ連れてくれば4600人になりますよね(笑)。5000人はそんなに難しくないと思いますよ。将来、1万5000人のスタジアムを新たに作ったとしても、今度はその5000人が2人の友だちを誘えば埋まるわけですよ。ですから私は、けっこう楽観的ですね。

――当然そのためには、FC今治が魅力的な試合をして、さらに快適な観戦環境を提供することが求められるわけですよね。そこで最後にお聞きしたいのですが、今治でのプロジェクトを俯瞰してみて、先生が特に注目していることや期待していることを教えてください。

 これは妄想に近いんですけれど、人工芝によるインドア化。人工芝にすると、施設の稼働率が変わってくるんですね。なぜFIFA(国際サッカー連盟)は、15年の女子W杯の試合をすべて人工芝の会場で行ったのか。あるいは18年W杯のロシア、22年W杯のカタール、いずれも良質な天然芝が期待しにくい国々です。ということは、FIFAは将来的に、人工芝がメーンになることを見据えているんじゃないかと。少なくとも収益ということから考えると、天然芝に限定することは長期的に考えてプラスとはならないわけです。

――おっしゃることは分かりますし、実際にアジア2次予選では日本代表も人工芝のピッチで試合をしています。ただ現状の人工芝は、足元が固く感じられたり、チップがGKの目に入ったり、決してプレーヤーにとって良いものではないですよね。

 現状の人工芝に、問題がないわけでないのは事実です。ただ、人工芝の繊維って、今はオランダの会社が60%独占していて、イノベーションが起こりにくい状態が続いていました。でも今後、例えばテイジンとか東レとか、あるいは世界のデュポンでもいいんですが、各国が本気で最良の人工芝を開発したとしたら、それはたぶん天然芝に近いものになっていくと思います。そしてもし、天然芝のような人工芝が実現したら、おそらくFIFAはそっちのほうに大きく舵を切るんじゃないかと。まあ、これは妄想に近い話ですけど、でもあり得ない話ではないと思います。

――天然芝を品種改良するよりも、早くできそうですね。そういったことも視野に入れながら、仮に1万5000人のスタジアムができたとしたら、現在建設中の5000人のスタジアムは人工芝にして、そこで新たなビジネスを展開することも考えられると。

 そうです。人工芝にしたら、水と風と日光はいらないので屋根がかけられる。そうすると理論上、そこの施設は365日使えるようになります。今、世界のスポーツ施設の中で最も稼いでいるのが東京ドームだと思っていて、ホテルやラクーア(ショッピングセンター)も含めると、年間800億円くらいの収益ですよ。

――現状では、JFLでは人工芝の競技施設での試合開催はできませんが、さらにカテゴリーが上がって新たなスタジアムを作るとなったら、先生が今おっしゃったような話が一気に実現化に向かうかもしれませんね。

 ほんの10年から20年くらい前までは、雨に濡れながらサッカー観戦するのがヨーロッパでも当たり前でしたが、どんどん時代は変わってきている。地方自治体のスポーツ行政やスタジアムのあり方も、これからますます変化していくと考えています。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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