車いすテニス・上地の原点を見た初戦
観客席に入れたボールの意味とは?

完全アウェー観客を魅了した“サプライズ”

初戦を危なげなく突破した上地。初の五輪金メダルへ、好スタートを切った
初戦を危なげなく突破した上地。初の五輪金メダルへ、好スタートを切った【写真は共同】

 リオデジャネイロパラリンピック4日目。車いすテニスの女子シングルス1回戦がスタートした。日本女子のエース、上地結衣(エイベックス・グループ・ホールディングス)の相手はブラジル選手。オリンピックテニスセンターのセンターコートに地元の観客が詰めかけた。「ブラジル! ブラジル!」のコールがこだまする。


 試合は上地のワンサイドゲーム。6−0、6−0の完全試合だった。もちろん、観客はブラジル選手の味方だ。上地がショットミスをすると大歓声が沸く。反対に上地が得点を挙げれば経験したことのない大ブーイングとなる。


「完全アウェーの雰囲気は正直、やりにくさがありました。でも、観客は純粋にブラジル選手を応援している。それは、とても自然なこと。だから、自分が気にしすぎないようにだけ、気をつけていました」


 上地は、国枝慎吾(ユニクロ)と並ぶ車いすテニスのトッププレーヤーであり、若きヒロインだ。4年前のロンドンパラリンピックに、高校3年で初出場。その後、2014年に全豪オープンのダブルスでグランドスラムを制覇した。次々とグランドスラムでの優勝を重ね、今や世界のトップランカーである。リオパラリンピックには世界ランキング2位で乗り込んだ。


 そのリオパラリンピック初戦、わずか32分で試合が終了すると、上地は観客席に向かってテニスボールをラケットで打ち込んだ。ブラジル人の「何でも楽しんでしまおう」という気質に、上地がサプライズを放ったのだ。


「そんなことをしたのは、初めてです。あれだけ喜んでくれるなんて、びっくり。そういうことも含めて私自身も楽しみたいと思ったんですね」


 世界トップのスター選手からの思いがけないプレゼントに、観客たちは試合以上の盛り上がりを見せたのだった。

スポーツ用車いすとの出会い

 上地結衣は現在、22歳。障害は、先天性二分脊椎。本来脊椎の中にある脊髄が外に出てしまう病気だ。両親は、医師から「歩くことは難しい、一生寝たきりになる可能性もある」と告げられていたという。小児科専門医の治療とともに、地元の兵庫県にあるリハビリテーションセンターでのリハビリも始まった。


「3歳くらいからほとんど毎日、リハビリに行っていた、という記憶があります。理学療法士さんが、歩けるようになるための方法をいろいろ考えてくれるんですが、つらいリハビリだったら長続きしていません。幼い子供の私が楽しめる工夫を、いくつもしてくれて、それで嫌がらずに毎日通えたんですね」


 その結果、両足に装具をつけて歩けるまでに症状は回復した。だから、幼稚園や小学校へは、友達と一緒に歩いて通ったと言う。


「冬でも半袖、短パン。ドッジボールしたり縄跳びしたり」


 おてんばな上地は、何より体を思い切り動かすことが楽しかったのだ。


 成長に伴って身長が伸び体重が増えていくと、友達のスピードについていけない場面が多くなる。そんな上地のために、両親が車いすバスケットボールというスポーツがあることをインターネットで突き止めた。ネットを通じて知り合ったクラブチームが、上地の地元にもチームがあることを教えてくれた。その練習場所は、小さい時から毎日楽しくリハビリに通っていたセンターに併設されている体育館だった。そこで、スポーツ用の車いすを初めて体験した。


「それまでも、車いすに乗る、という経験はありました。病院やテーマパークなどに置いてある車いすです。それは誰か大人が押してくれるもの、でした」


 リハビリセンターの体育館にあった子供用の車いすバスケ専用車に乗ったら、目からウロコが落ちた。


「クルクル回ったり、車輪も軽くてちょっと漕いだらスーッとスピードが出る。『あれ、すごく面白い!』って」


 車いすバスケチームの大人も、体育館の館長も、上地が楽しく車いすに乗って遊べる工夫をしてくれた。追いかけっこやコーンを置いてスラローム。ゲーム感覚で上地はみるみる車いす操作のウデを上げていった。

宮崎恵理

東京生まれ。マリンスポーツ専門誌を発行する出版社で、ウインドサーフィン専門誌の編集部勤務を経て、フリーランスライターに。雑誌・書籍などの編集・執筆にたずさわる。得意分野はバレーボール(インドア、ビーチとも)、スキー(特にフリースタイル系)、フィットネス、健康関連。また、パラリンピックなどの障害者スポーツでも取材活動中。日本スポーツプレス協会会員、国際スポーツプレス協会会員。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。

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