日本に必要な“強さ”磨く環境 花田氏が解説する男子マラソンの現状

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25キロ付近で後退した佐々木(写真中央奥)だが、花田氏は「給水でペースアップ」を意識し過ぎたためと分析する 【写真は共同】

 リオデジャネイロ五輪、陸上競技の最終種目として現地時間21日に行われた男子マラソン。日本からは佐々木悟(旭化成)、北島寿典(安川電機)、石川末広(ホンダ)の3選手が出場した。序盤はスローな展開で進んだが、25キロを過ぎてから徐々にペースアップ。エリウド・キプチョゲ(ケニア)が30キロを過ぎてからさらにペースを上げ、フェイサ・リレサ(エチオピア)、 ゲーリン・ラップ(米国)らを振り切り2時間8分44秒で優勝を飾った。日本勢の最上位は佐々木で2時間13分57秒の16位。石川は2時間17分08秒で36位。北島は2時間25分11秒で94位に終わった。

 レースのポイントはどこにあったのか。また、日本人選手のレース内容や今後の課題についてGMOアスリーツ監督の花田勝彦氏に話を聞いた。(聞き手・構成:加藤康博)

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日本勢にも入賞のチャンスはあった

――レースを振り返って、どのような感想をお持ちですか?

 キプチョゲ選手が強かったと言うしかないですね。今大会までマラソン7戦6勝で5連勝中という実績から大本命と考えられ、私も優勝を予想していたのですが、まさにその通りになりました。

――前半はかなりスローペースになりました。この要因は何でしょうか?

 雨で路面が滑りやすかった点、序盤はコーナーが多く、慎重に走らざるを得なかった点などいくつか考えられますが、一番は誰もがキプチョゲ選手を警戒していたからでしょう。エチオピア勢が前半から仕掛けていけば、流れは変わっていたと思います。ただ、キプチョゲ選手はトラックでも実績があり、彼らにしてみればまさにレジェンドとも言える存在。なかなか自分たちから動けなかったのではないでしょうか。キプチョゲ選手はそれをレース中に感じたはずです。その中で自分はどう動くべきかを考え、準備しながらレースを進めたように思います。

――スローペースで進んでいたレースでしたが、25キロから徐々にペースが上がり始めました。

 給水所での位置取りのために、中盤までも細かいペースの上げ下げはあったと思います。そして距離が進むにつれ、給水の重要性を多くの選手が感じるようになり、確実に取りに行くためにペースが上がった。それが25キロからのペースアップにつながったと考えられます。しかし、上がったといっても25キロから30キロまでの5キロのラップタイムは15分03秒。これは多くの選手が許容できるレベルで、本当の意味でのペースアップとは言えません。なのに脱落した選手が多く出たのはそこまでで消耗していたからだと思います。スローペースを走るにも技術が必要で、うまく走らないと無駄なエネルギーを使ってしまうのです。加えて滑りやすい路面を慎重に走ることで、普段は使わない筋肉を使い、脚に張りが出るケースもあります。それがここで多くの選手が脱落した原因だと思います。

――日本勢は序盤に北島選手が遅れ、石川選手、佐々木選手も25キロ過ぎで後退しました。

 今回、予想された展開よりもペースが遅く、日本勢にも入賞のチャンスはあったと思います。石川選手も佐々木選手も女子マラソンを見て、給水でペースアップがあることは想定していたようです。ただ、それを意識し過ぎたため、この25キロ付近までで消耗してしまったように感じました。中盤まで給水以外でのペースの上げ下げはなかったように思いますし、給水時の変化も処理できる範囲内だっただけに残念です。特に佐々木選手は集団内でずっと良い位置をキープしていました。30キロまで先頭集団にいられたら面白くなっていたはずです。北島選手が序盤で遅れてしまったのは故障の影響だと思いますが、こちらも残念と言うしかありません。

東京五輪に向けて取り組むべきこと

世界のマラソンは高速化しているが、花田氏は「強さの進化」はそこまでスピードが上がってないと指摘する 【Getty Images】

――今回のレースから今の世界の男子マラソン界をどう読み取ることができますか?

 このレース、キプチョゲ選手の力は抜きんでていました。2位のリレサ選手との差もかなりあったと思います。スローペースながら脱落したり、途中棄権したりする選手も多く、今の世界の男子マラソンは高速化が進み、速い選手は増えていますが、強さを持った選手の数はそこまで増えていないと感じました。もちろん今回の内容と結果だけですべては判断できませんが、速さの進化と強さの進化はスピードが違うようです。少なくとも世界の入賞争いのレベルで言うと、そこまで上がっていないと思います。

――アフリカ勢が世界のマラソンレースの上位を占める中、今回、米国のラップ選手がマラソンで結果を残しました。この点はどうお感じになりますか?

 ラップ選手はロンドン五輪の1万メートル銀メダリスト。今大会の同種目でも5位に入り、トラックではすでに世界のトップクラスの選手です。それだけに留まらず、マラソンまで距離を伸ばしてのメダル獲得は、彼が長年取り組んでいる科学的なトレーニングがうまくいっている証しでしょう。また、米国勢ではジェリード・ワード選手の6位も見逃せません。米国国内にはペースメーカーのいないマラソンレースも実施されていて、強さを磨く環境があることも関係しているはずです。今後、米国勢のマラソンでのさらなる活躍は十分にあり得ることだと思います。

――今回のリオ五輪の結果を踏まえ、2020年東京五輪に向け、日本の男子マラソン・長距離界が取り組むべきことは何だとお考えですか?

 東京五輪のマラソンは、間違いなく今回のリオ以上に過酷な気象条件下でのレースになるでしょう。その環境で力を発揮する方法を真剣に考えなくてはなりません。日本人に合った科学的なトレーニングももちろん必要です。そして、ただ速さだけを求めるのではなく、強さをどのように養っていくかを考えなくてはならないはずです。いつ走っても2時間8分台を出せる力とか、どんなレースでも確実に上位に入れる力がそれにあたると思います。まずは日本のマラソン界として、1人でも多く8分台の選手をつくることが必要です。その上でタフさや粘り強さなどを磨く環境を整える。ペースメーカーのいないレースの実施もひとつの案です。そうした取り組みが求められると私は思います。

花田勝彦プロフィール

1971年6月12日生まれ。GMOアスリーツ監督。早稲田大3年次に箱根駅伝の総合優勝を経験。1万メートル代表として1996年アトランタ五輪、5000メートル、1万メートル代表として2000年シドニー五輪に出場するなど、長く日本のトップで活躍。04年1月に引退、同年春に上武大駅伝部監督として指導を開始し、16年4月より現職。
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