新天地での出場を心待ちにする小林祐希 「何気ないプレーで魅せていきたい」

中田徹

ヘーレンフェーンは“田舎のビッグクラブ”

小林祐希の新天地であるヘーレンフェーン。このクラブはオランダ小クラブの大きな目標でもある 【写真は共同】

 オランダ小クラブの大きな目標、それがヘーレンフェーンだ。かつてVVVフェンロのハイ・ベルデン会長は、「うちは“リンブルフのヘーレンフェーン”になりたい」と語ったことがある。クラブ首脳陣の「将来、“◯◯のヘーレンフェーン”になることを目指している」というコメントは小クラブの常とう句のようなものだ。

 ヘーレンフェーンがエールディビジに定着したのは93−94年シーズンのこと。アベ・レンストラスタディオンの開場(94年8月)、後に名プレイヤーとなる元デンマーク代表のヨン・ダール・トマソンの活躍をきっかけとするスカンジナビアのスカウト網の充実、ファン・ニステルローイ以来、連綿と連なる優秀なストライカーの台頭。99−2000シーズンにはオランダリーグ2位となり、チャンピオンズリーグに出場した。08−09シーズンにはオランダカップを獲得した。

 1万4500人収容のアベ・レンストラスタディオンは手狭になり、今や2万6100人収容にまで拡張された。ヘーレンフェーンの人口は約3万人弱なので、ほとんどの市民がスタジアムに駆け付ける計算になるが、実際はその周辺の町にもファンが多くいるのでスタジアムが満員に埋まる。フリースラントの州都はレーワールデン(人口約9万6000人)だが、「サッカーの首都はヘーレンフェーンだ」と地元民は自負している。だから、アベ・レンストラスタディオンの試合前には、まるで国際試合のように州歌の吹奏が行われる。

 実は近年、上層部の揉めごともあり成績も低迷気味で、経営的にも厳しい時期があったことも正直に記す。それでも“田舎のビッグクラブ”ヘーレンフェーンは、オランダ中の小クラブの垂涎の的なのだ。

不安より楽しみの方が大きいヨーロッパでの生活

 8月17日(以下、現地時間)、小林祐希はアベ・レンストラスタディオンの記者室で入団記者会見を行った。ピッチに降りてオランダ人とのインタビューや写真撮影をこなしてから、再び記者室へ戻り、今度は日本人記者とのインタビューに応じてくれた。

「不安はないのか?」という問いに、小林は「何か自分で感じるかなと思いましたけれど、何も感じなくて、逆に不安要素を探すのに困ります。根拠のない自信です。生活していける自信……文化を受け入れる自信とか、全部に対して楽しみの方が大きいです」と答えた。学生の頃からサッカー留学の経験があったものの、それとは違う“ヨーロッパでの本当の生活”に、今からソワソワしているようだった。
 
 かつて小林は、東京ヴェルディ時代の同期、高木善朗に会うために、ユトレヒトのニーウ・ハルヘンワールトスタディオンで試合を観戦した。彼はやや恐縮しながら「その時は若気の至りで『大したことねえな』と言って帰った記憶があります」と当時を振り返る。

 あれから3年が経ち、今度は自身がオランダリーグでプレーする立場になった。

「ヘーレンフェーンのスタジアムの方がインパクトがあった。自分のチームというのもあるかもしれませんが、来た時にすごいと思いました。ここでプレーするのが楽しみです」

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著者プロフィール

中田徹

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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