葛藤に揺れた1年と東京五輪への決意 上野由岐子 ソフトボール復活に寄せて

田尻耕太郎

日本ソフトボール界をけん引し続ける上野由岐子。東京五輪でのソフトボール復活が決まった今の心境を明かした 【スポーツナビ】

 2020年の東京五輪で野球・ソフトボールが復活することが決まった。現地8月3日、リオデジャネイロ五輪開幕を前に、当地で開かれたIOC(国際オリンピック委員会)総会で追加種目として正式に承認された。

 日本ソフトボール界の象徴的存在、上野由岐子(ビックカメラ女子ソフトボール高崎)。08年の北京五輪で日本のエースとしてマウンドに立ち続け、悲願だった初の金メダルをもたらした。なかでも決勝トーナメントの2日間、計3試合で413球を投げぬいた力投は伝説となり、日本国民の心を大いに震わせた。

 現在34歳。今なお、日本リーグの第一線で活躍しており現在通算199勝をマーク。前人未到の大台(200勝)にリーチをかけるなど、その輝きは変わらない。4年後の東京五輪へ。「レジェンド」は今、何を思うのか。彼女の本音に迫った。

北京五輪後、燃え尽き症候群に

 ソフトボールの五輪復活はもちろんうれしいです。ソフトボール界にとって、これ以上のプラスはないと思います。

 私自身、この報(しら)せを聞いたことで、気持ちがキュッと引き締まったのも感じました。以前からIOC総会で“東京”が正式決定する日は、私の中で腹をくくらなきゃいけない日だと考えていました。それまでは自分の気持ちを濁してきた部分もありました。だけど、その時が来れば、「東京五輪を目指して頑張ります」と言葉に出すんだと決めていました。

 私は04年のアテネ五輪にも出場しましたが、銅メダルに終わりました。それから北京までの4年間は、金メダルを取ること、世界一の米国に勝つことだけを考えて毎日を過ごしていました。今振り返ると考えられないくらい必死。1分、1秒を惜しんで、誰よりも練習をしなきゃ気が済まなかった。まるでスポ根マンガのように(笑)。とにかく自分がやらなきゃいけないんだと、すべてを背負い込んでしまっていました。その責任感が逆に自分を追い詰めてしまい、苦しめてしまった部分もあります。若かったし未熟でした。

北京五輪で金メダルを獲得した上野。最高の喜びを得て、その後は燃え尽き症候群に苦しむ時期もあったという 【Getty Images】

 でも、その北京五輪で最高の結果を出せてしまった。私の中では大きな達成感がありました。それと同時に、金メダルを取ってしばらくは、燃え尽き症候群のようになって悩んだ時期もあったんです。五輪で勝つことだけを目標にやってきた。金メダルを取ることをゴールに設定してしまったからでした。

今は毎日を楽しんでいる

 だけど、今の私にとって、五輪は「目標」ではなくなっています。言い方は悪いかもしれませんが、東京五輪も一つの通過点です。今は五輪で勝つとか、自分の欲のためにソフトボールをやるという感覚ではなくなりました。新しいソフトボールとの向き合い方を見つけられた気がしています。

 監督やお世話になった人をはじめ、期待してくれる人たち、応援してくれる人たちへ恩返しをするつもりでソフトボールと向き合う。そうやって今は練習や努力をし続けることができていると思うんです。その一方で、北京五輪後に引退を考えたことがあったのも事実です。今だって、正直、いつ辞めてもいいという覚悟はあります。でも結局、ソフトボールは嫌いじゃない。根本的にはそこですね。

 みんなが期待してくれる間は、自分の体がもつまで頑張ろうと思って向き合っています。だから、けがが怖くなくなったし、打たれることや負けることも怖くなくなった。意外と楽しめているんです。毎日楽しければ、1日でも長くソフトボールをやっていられると思っています。私にとっては「今」がすごく大事で、「今」がつまんなくなるともう這(は)い上がれない。もう一度は頑張れない。そんな不安がある。やりたいことをやりたいときにやる。それくらい毎日を楽しんでいます。それが今のソフトボールへの思いです。

東京だから腹をくくれた

 2020年の五輪が東京で行われると決まったとき、正直、かなり葛藤がありました。東京ならば、ソフトボールが復活するかも。だけど、そうなれば、私は絶対に辞められないな。もしかしたら、また背負わなきゃいけないのかなと考えたり……。うれしさ半分、悲しさ半分というのが本音でした。

 だけど、今は、東京五輪だからこそ、腹をくくれたと思っています。ただ五輪があるというのではなく、それが日本の、東京で行われるというのが私の中で80%くらいは占めているかも。だからこんなに本気になれるのだと思います。

 でも、今度は背負ったりしない。私は今を楽しんで、若い選手たちにも発破をかけるくらいの余裕も持って(笑)。そうすることで、私自身は長く続けられる。長く続けることでみんなが喜んでくれる。それを期待されているのかな、と思います。東京五輪に向けても「上野がいないと勝てない」「金はない」と周りのみんなが言ってくれるから頑張れると思っています。

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著者プロフィール

 1978年8月18日生まれ。熊本県出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。2002年卒業と同時に、オフィシャル球団誌『月刊ホークス』の編集記者に。2004年8月独立。その後もホークスを中心に九州・福岡を拠点に活動し、『週刊ベースボール』(ベースボールマガジン社)『週刊現代』(講談社)『スポルティーバ』(集英社)などのメディア媒体に寄稿するほか、福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルメディアともライター契約している。2011年に川崎宗則選手のホークス時代の軌跡をつづった『チェ スト〜Kawasaki Style Best』を出版。また、毎年1月には多くのプロ野球選手、ソフトボールの上野由岐子投手、格闘家、ゴルファーらが参加する自主トレのサポートをライフワークで行っている。

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