座らずにイチローへ敬意示したモリーナ カージナルスファンも大きな拍手を送る

丹羽政善

質の高いセントルイスのファン

3000安打まで残り2本となる二塁打を放ったイチロー 【Getty Images】

 7月15日(現地時間、以下同じ)、セントルイス。

 1点を追う8回、1死走者無しでイチローが打席に向かうと、セントルイスのファンが総立ちとなった。そのとき、捕手のヤディア・モリーナが座ろうとしない。彼は、ファンがイチローに拍手を送っているのに、水を差すような野暮なことはしなかった。


 試合後、「すごいですねぇ、ちょっとびっくりしたなぁ」とイチロー。ファンの反応だけではなく、モリーナが気を利かせたことにも感じ入った。

「ファンもすごいけど、なんか打ち合わせできているみたいな感じの動きでしたもんね。ちょっと感激しましたねぇ」

 実は、同じようなことが昨年も同じセントルイスであった。

 8月15日、イチローは、日米通算ながらタイ・カッブの通算安打記録を更新。かといって、電光掲示板で記録のことなどが紹介されることはなかったものの、徐々に、じわりじわりと、スタンディングオベーションが球場全体に広がっていった。すると次の打者、マーティン・プラドもなかなか打席に入ろうとしなかった。

 あのときイチローは、「戸惑った」と試合後に振り返ったが、いずれもセントルイスの野球ファンの質の高さを示す事例とも言える。

「ここのファンは野球をよく知っているファンとしても知られているし、品格があることでも知られている」とイチロー。さらにしみじみ言った。

「他の場所ではなかなかこうはならないと思います」

モリーナの真意

 さて28日から、カージナルスがマイアミを訪れている。
 
 試合前、モリーナにあの日のことを振り返ってもらうと、「イチローは、偉大な選手だ。僕のアイドルでもある。ああやって、ファンからリスペクトされて当然だ」と話し、なかなか座らなかった意図をこう明かした。

「ファンに時間を与えたかったからね」

 自分が座ってしまえば、プレイが続行される。自分が時間を稼げば、ファンがイチローに拍手を与える十分な時間を与えられる。あのとき、主審もモリーナに、「早く座れ」と急かすようなことはなかった。

 モリーナはさらにこう言っている。

「僕たちは戦っている。戦っているわけだけど、ときにああいう形で、相手選手に敬意を払わなければならないことがある。イチローは、そうして敵味方を超越しているし、それに値する選手だ」

 この日、イチローは、2点を追う7回、1死一塁で代打に立った。

 このときもセントルイスに負けないぐらいの声援が客席から飛ぶ。するとモリーナは、また少し時間を取っている。ちなみにこの日、一塁側にはカージナルスファンが多かった。するとやはりというべきか、その彼らこそが真っ先に立ち上がってスタンディングオベーションを送っていた。

 マウンドにはジョナサン・ブロクストン。1球目、外角低めに外れるボール 92.8マイル(約149キロ)、2球目は真ん中低めへ92.2マイル(約148キロ)。イチローはこの2球目を叩く。すると快音を残した打球は、一塁手の左側を抜けていく。真横に近かったが、一塁手はボールがその脇を抜けた後に飛びついた。瞬間、スタンドは、まさに蜂の巣をつついたかのような騒ぎに。カージナルスとマーリンズのファンが一体となって、声をあげた。

“2998”

 右翼1階席と2階席にあるカウントダウンバナーの数字が1本増えた。

“2 hits to reach 3000”

 右翼ブルペンの電光掲示板には赤地に白い文字が踊った。その後チームは、イチローの安打で広がったチャンスから1点を返したが、わずかに及ばず敗れている。しかし、あのヒットの瞬間こそこの試合のハイライトではなかったか。

日米通算3000本も7月29日

 試合後、再びモリーナは言った。

「彼のような選手はめったに現れるものではない。(同じフィールドでプレーしていることを)感謝したい」

 さて、28日午後11時27分、マーリンズの球団公式ツイッターがこうツイートしている。
 
「イチローは明日、スタメン出場する予定です。3000本安打まであと2本です」

 明日のスタメンが決まった。いよいよ、である。あと2本。再び、歴史に名を刻むか。そういえば、日米通算3000安打を達成したのは2008年7月29日である。蛇足ながら。
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著者プロフィール

丹羽政善

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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