本田不在が日本にもたらした意外な結末 ブルガリア戦大勝が示した確かな手応え

宇都宮徹壱

2失点の後味の悪さを払拭した2つのPK

浅野がPKで代表初ゴールを記録。2失点の後味の悪さを払拭してみせた 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 それにしてもブルガリアの歯ごたえのなさは、どう考えるべきなのだろうか? 確かに今回のメンバーは国内組が多く、チーム作りの過渡期という印象は拭えない。ハリルホジッチ監督も「これほど大量失点するブルガリアは見たことがない」と語ったように、前半のやられようは尋常ではなかった。もっとも歴史的に見ると、ブルガリアは大舞台でけっこう「やらかしている」のも事実である。1994年の米国W杯ではスウェーデンとの3位決定戦で0−4、98年のフランスW杯ではスペインに1−6、ユーロ2004でもスウェーデンに0−5で完膚なきまでにたたきのめされている。一度歯車が狂うと、ずるずると失点を重ねて意気消沈する。典型的なスラブ人気質というものを、今回のブルガリア代表からも十分に感じられた。

 ハーフタイムで岡崎に変えて金崎夢生を投入した日本は、その後も攻撃の手を緩めることはなかった。後半8分に再び吉田が、そして12分に宇佐美がゴールを決めてスコアは6−0。これで試合の趨勢(すうせい)は完全に決した。

 ここから先の注目点は、
(1)誰を投入してどんなコンビネーションを試すのか
(2)緊張感を絶やさずに失点ゼロで抑えられるのか

 この2点に絞られたといえよう。結論から言えば、指揮官は多くのオプションを試した一方、守備では現体制になって最多タイの2失点を喫することになる。中盤でのオプションについてはのちほど触れるとして、ここでは失点シーンを振り返っておきたい。

 最初の失点は後半14分。吉田のクリアボールがペナルティーエリア前でステファン・ベレフにさらわれ、パスを受けたミハイル・アレクサンドロフが川島の動きを見極めてゴールを決める。失点のきっかけを作ってしまった吉田は「自分たちのミスから招いた失点。そういうところの甘さに、まだまだ足りないところを感じる」と反省しきり。一方、後半37分の失点は、ディフェンスラインの裏にロングボールが入ったところで、途中出場の遠藤航が走り込んだイバイロ・チョチェフに寄せきれなかったことが失点につながった。「もっとシンプルに寄せないとダメ。最後は滑るか(考えたが)、切り返しもあるというところで悩んでしまった」とは当人のコメント。いずれも大量リードによる、心理的な緩みから生まれたミスであったと考えるのが妥当だろう。

 このまま試合が終わっていたら、いささか後味の悪さが残ったはずだ。それを払拭(ふっしょく)したのは、ゲーム終盤の2つのPKであった。後半42分、途中出場の浅野拓磨が持ち前の果敢なドリブルでペナルティーエリアに侵入し、相手のファウルを誘ってPKを獲得。この時、ハリルホジッチ監督はキッカーに宇佐美を指名したが、現場の判断は「浅野に蹴らせよう」というものだった。浅野自身も蹴る気満々。結果、枠の右隅に冷静に決めて、浅野はこれが代表初ゴールとなる。その3分後には、今度はブルガリアにPKのチャンスが訪れるも、ここは川島が復活を印象付ける思い切りのいいセーブでしのいだ。かくして、終わってみれば7−2という派手なスコアでタイムアップ。日本は、ボスニアが待つファイナルに駒を進めることとなった。

「本田がいなくても」なのか、「本田がいなかったから」なのか

今回の結果が「本田がいなくても」なのか、それとも「本田がいなかったから」なのか。その結論を出すにはまだ注意が必要だ 【写真:なかしまだいすけ/アフロ】

「今日はいろいろ試した中で、いろいろなミスも起こった。この2失点も少し残念だと思う。(中略)選手には祝福したいが、まだまだ理想のレベルには達していない。日本は世界有数の国になったわけではないので、これからもトレーニングを続ける必要がある」

 試合後、ハリルホジッチ監督が語ったとおり、この試合ではさまざまな選手が試され、さまざまなコンビネーションが実現した。とりわけ中盤の入れ替わりは激しく、トップ下は3人(香川、清武、原口元気)、右MFが2人(小林、浅野)、左MFが2人(清武、宇佐美)、そして長谷部のポジションでも遠藤が起用された。中盤で90分間フルで出場したのは柏木のみ。ここまで多くの選手が試されたのも、本田という絶対的な存在が不在だったことに加えて、香川もわずか44分で退いたことが大きかったと思う。

 その香川。今回のテーマのひとつが「本田不在」であったことを認めた上で、「その中で出た選手がしっかりとひとりひとりの役割を果たして、結果を残したというのは大きなゴールだと思う」と一定の満足感を示した。一方、「香川との共存」というテーマに挑んだ清武は、「(左サイドを)久々にやって、運動量が多かったのですごく疲れた。でも、トップ下と違う感覚を味わえたし、いい感覚でできたかなと思います」と、こちらも密かな手応えを感じていた様子。

 結局のところ、本田(そして香川)の不在は不安要素とならず、むしろポジティブな流動性をもたらすこととなった。それだけではない。「シュート数」と「ゴールの効率性」でも、このブルガリア戦では興味深いデータが残されている。直近のシリア戦(3月29日)と比べると、その差は明快である。シリア戦の日本は、22本のシュートのうち、香川の5本と本田の4本が抜きん出ていた。ところがブルガリア戦では、17本のシュートのうち最多は宇佐美の3本で、他のフィールドプレーヤーもまんべんなくシュートを記録している(16人中、シュートゼロは5人)。また、シュート17本で7ゴールを挙げたブルガリア戦は、効率性という意味でもシリア戦(22本で5ゴール)と比べて際立っていた。交代メンバーの数の違いを差し引いても、これは興味深い数字と言えよう。

 ハリルホジッチ監督は「今は各ポジションに競争を与えているところ。本田がプレーしなくても、彼に代わってプレーができる選手はいる」と語った上で、「私はまだまだ、本田のことを信頼している」と続けている。ブルガリア戦での予想外の結末に、「本田不在」というファクターが少なからず作用したことは間違いないだろう。ただし、今回の結果が「本田がいなくても」なのか、それとも「本田がいなかったから」なのか、その結論を出すには注意が必要だ。まずは攻撃陣のオプションが増えて、競争がより激化したことを素直に喜びたい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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