KO完勝で幕を開けた田中恒成の“第弐章” 2回級制覇へ日本人サバイバルに名乗り

船橋真二郎

ライトフライ級転向初戦は6回KO完勝

ライトフライ級転向初戦をKO勝利で飾った前WBO世界ミニマム級王者、田中恒成 【写真は共同】

 IBFに世界3階級制覇の八重樫東(大橋)、WBAには3連続KO防衛中の田口良一(ワタナベ)。2人の日本人世界王者が君臨するライトフライ級に新たなキャストが加わった。昨年、国内最速5戦目で世界王者となった20歳の前WBO世界ミニマム級王者、田中恒成(畑中)である。

 地元の大歓声を一身に浴び、リングインしたガウンの背中に大きく縫い取られた“第弐章”の文字がひと際目立った。田中のプロ7戦目、ライトフライ級転向初戦となる50キロ契約10回戦が5月28日、名古屋国際会議場で行われ、レネ・パティラノ(フィリピン)に6回2分23秒KO勝ち。スピード、パワー、ともにIBFライトフライ級10位を圧倒した。

「今日は倒すことをテーマにしていた」という田中の思いがほとばしったのはフィニッシュラウンドとなった6回だった。テンポのいいコンビネーションの中で右を効かせると、矢継ぎ早の攻めでパティラノに息つくひまを与えない。ガードを固めて丸まる標的の隙を左ボディ、右アッパーで的確に突きながら、力強い右を何度となく打ち込んでいく。粘るパティラノの気持ちを断ち切ったのも、その右だった。ロープ際に追い、渾身の右ストレートを打ち下ろすと、パティラノはこらえきれずに這いつくばり、テンカウントを聞いた。

 鋭いジャブから右を上下に打ち込んで田中が早々に主導権を握った。試合後「タナカのジャブは速くて、力強く、とても素晴らしかった。右にもパワーがあった」と振り返ったパティラノは状況を打開しようと3回に前に出る。足を止め、受ける場面もあった田中だが、すぐに切り替えて突き放していく。

「素早く動かれたので、うまく攻めさせてもらえなかった」というパティラノをステップワークで寄せつけず、4回に右、左とボディを打ち込んで効かせると5回にはジャブ、フック、ボディと左を自在に操り、右目上を切り裂いた。心身とも着実にパティラノを追い込み、その上でフィニッシュに持ち込んだのである。

 これまでの18戦(15勝7KO1敗2分)でダウン経験がなかったというパティラノを倒しきったことについては「素直にうれしいし、自信になる」と語った田中だが、「もうちょっとパワーでいけるかなと思ったけど、まだまだ甘かった。もっと早い段階でチャンスがあれば、倒しにいくつもりだったが」とも。その言葉に表れているように厳しい減量から解放されたこの日は、武器であるスピード以上にパワーを前面に押し出した戦いぶりにも見えた。

 特に気になったのが打ち終わりに右を何度か合わされたところ。パティラノも「ジャブの打ち終わりに(田中の左のガードが)空くので、右を狙った」と振り返っていたが、逆転KOでWBOミニマム級王座の初防衛を果たした昨年大みそかも左ジャブに右を合わされてプロ、アマ通じてキャリア初のダウンを奪われているだけに修正が必要な点だろう。

“理想”実現へ左とガードテクニックに磨きを

「内容は悪くはなかったけど、オレの理想には及ばないし、満足と言いきれる内容ではなかった」と田中も手放しで喜んだわけではない。その“理想”とは、“自分の型”とも言い換えられるもの。デビューから2戦続けて世界ランカーと対戦し、国内最速タイ記録となる4戦目で東洋太平洋王座を獲得。5戦目で世界戦の舞台に立った田中は以前、まだキャリアが浅い自分にとっては目一杯の相手に対して、常に現実的な戦いを選んできたと話していたことがある。

「目の前の相手に勝つことだけを考えて、自分の型を見つけられずにここまできた感はすごくある。ライトフライ級に上がっても、すぐ(世界)タイトルをやりたい気持ちもあるけど、自分のボクシングを確立するためにもキャリアを積んだほうがいいという気持ちもある」

 田中が考えたのが特長であるスピードを中心に据えること。そのスピードとテンポを殺さないためにも、ステップワークやボディワークでパンチをかわすことはもちろん、ときに確実性を優先し、ブロッキング、カバーリングという防御一辺倒になりがちなガードテクニックも使っていたのを、グローブの手のひらでパンチを受け、すぐに攻撃に移ることができるパリング主体に切り替えようとしてきた。また左ジャブについては今までのスピード主体のものに加え、的確性を重視し、しっかり差し負けないジャブとの使い分けを目指した。

 では、成果はどうだったのかといえば「自分的にはいい進化ができたつもりだったし、練習でやってきたという充実感はあったけど、(試合では)あの程度かと思うと自信を持つのはまだまだ早すぎた」と田中自身が言うように、その意志は感じられたが、表現しきれてはいなかった、というのが正直なところ。

 それでも「練習してきた左と防御動作は完璧ではないけど、少しは試せた」と田中が振り返り、「生きた相手に、本番のリングで試せたというのか、少しは出せたのは練習の成果だと思う」と父でトレーナーの斉(ひとし)さんが一定の評価を与えたように、やりたいことを実地に試し、課題を感じられたことは何よりの収穫だったろう。評価の高かった前WBA暫定王者のランディ・ペタルコリン(フィリピン)と3年前に引き分けた実績が光るパティラノも決してイージーな相手ではなかった。

2階級制覇へリング上で田口に挑戦表明

試合後のリング上で「挑戦を受けてください!」とWBA王者・田口も宣戦布告 【写真は共同】

 試合後のリング上で田中は「聞こえるかはわからないですけど、田口選手! 挑戦を受けてください!」とアピール。「大みそかにも言ったように今年中の2階級制覇は必ず達成します!」とWBA王者に宣戦布告した。
 畑中清詞会長も「こっちは挑戦者。すべてチャンピオンに合わせますし、東京に行ってでもやりたい」と話し、田口陣営の渡辺均会長が次期防衛戦の日程としている8月下旬の挑戦にも「大丈夫」と意欲を示している。
 現在、この階級には田口、八重樫のほかにも元WBAミニマム級王者の宮崎亮(井岡)、アマ経験豊富な日本王者で7戦全勝のホープ拳四朗(BMB)と、有力な日本人が顔をそろえている。ここから日本人同士のサバイバルが始まるのか。その動向が注目される。
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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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