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“赤土の王”ナダルはなぜ復活したか
自らの道を突き進み、取り戻した自信

得意のクレーで2週連続の戴冠

モンテカルロに続き、バルセロナでも勝利したナダル。限界説もささやかれた昨季から復活できた要因とは!?
モンテカルロに続き、バルセロナでも勝利したナダル。限界説もささやかれた昨季から復活できた要因とは!?【Getty Images】

 約2年ぶりのATPマスターズ1000、モンテカルロ・マスターズのトロフィーは、そして3年ぶりにかんだバルセロナ・オープンのトロフィーは、果たしてどんな味がしただろうか?


「ものすごくうれしいし、とても感傷的にもなっている。モンテカロルは間違いなく、僕のキャリアにとって最も大切な場所の一つだ」


 モナコ公国最大の街で開催されたマスターズを制した時、ラファエル・ナダル(スペイン)は言った。


「この大会は非常に重要だった。それは単に優勝したことに限らず、2週連続でとても良いプレーができたという意味でだ」


 モンテカルロの優勝から一週間後――バルセロナ・オープンの決勝で錦織圭(日清食品)を破ったナダルは咆哮(ほうこう)を上げ、歓喜、闘志、緊張、安ど……あらゆる感情を全身から解き放った。


 世界ランキング4位のスタン・ワウリンカ(スイス)や2位のアンディ・マリー(イギリス)ら上位勢を退け、決勝では第13シードのガエル・モンフィス(フランス)とのフルセットの熱戦を制したモンテカルロ。そして決勝の錦織戦も含め、一つのセットも落とすことなく戴冠したバルセロナ。昨年は一度も頂点に届かず、苦闘の足跡のみを残し去った欧州のクレーコートに、“赤土の王”が帰還の足音を響かせていた。

「復活はありえない」とも言われた昨季

 2015年は疑いようなく、14度のグランドスラム優勝を誇るナダルのキャリアにおいて、最も苦しいシーズンだった。その前年となる14年の中盤以降、ナダルは手首の負傷、さらには虫垂炎をも患い幾度も途中離脱を余儀なくされる。それら負傷と病からの完全復帰を期して挑んだ15年シーズンではあったが、復帰戦となった1月のドーハ大会は初戦で127位の選手に敗戦。季節はめぐり初夏の赤土に来ても調子は上がらず、バルセロナで2回戦、ローマ・マスターズでは準々決勝で敗れるなど、かつての支配力は戻らなかった。


 さらにファンに衝撃を与えたのが、ウィンブルドンの2回戦で102位(当時)のダスティン・ブラウン(ドイツ)に敗れたこと。哀愁漂わせコートを去るかつての王者の背を見た識者たちは、劇薬的な変化なくして、復活はありえないだろうとささやき始める。元世界1位のジョン・マッケンローは「ナダルはテニス史上、最も偉大なチャンピオンの一人」とまずは敬意を表しながらも、こう続けた。


「だが今は、チームに新しい血を導入すべき時期だ。伯父のトニーは素晴らしいコーチだが、今のナダルには、新しいアイディアを与えてくれる人物が必要なのは明白だ」


 ナダルのコーチは、生まれ故郷のマヨルカ島で初めてラケットを握った4歳の時から今も変わらず、伯父のトニー・ナダルである。身内であるが故に、どの子供たちよりラファエル少年に厳しく接した厳格な伯父のもと、ナダルは「練習でも絶対に手を抜かないこと」、「どのような状況でも最後まで全力で戦い抜くこと」、そして「勝っても決しておごらぬこと」などの教えを体に刻み込むように、来る日も来る日も、黄色いボールを打ち続けてきた。


 そのような、西地中海に浮かぶ小さな島での始まりの日々から25年後――29歳を迎えた甥(おい)を覆う“新コーチ待望論”に対し、伯父は「コーチを変えることがラファエルにとってべストなら、そうすべきだ」と、地元メディアの取材で明言していた。

不調の要因は「テニスの問題ではない」

昨年のウィンブルドンでは2回戦でまさかの敗退。「復活はありえないだろう」と見る人もいた
昨年のウィンブルドンでは2回戦でまさかの敗退。「復活はありえないだろう」と見る人もいた【写真:ロイター/アフロ】

 高まる新コーチ待望論を跳ねのけたのは、他ならぬナダルである。


「僕がコーチを変えることはない。トニーはコーチである以前に、僕の家族なのだから」

 そして彼は、こうも言う。


「僕のことをダメになったと言う人は、練習を見ていない人たちだ。僕は練習では、良いボールが打てている。だからこれから先も、今までやってきたことを継続し、より激しく練習していくだけだ」


 そう断言し周囲の声を拒絶する頑な姿は、テニス界をけん引し続けてきたもう一人の“生きる伝説”ロジャー・フェデラー(スイス)と比べた時、あまりに対照的であった。17度のグランドスラム優勝を誇るフェデラーは、13年を最終ランキング6位で終え、一部では限界説もささやかれた。当時の彼は32歳。そのような声も無理からぬことである。しかし翌年、フェデラーは元世界1位のステファン・エドバーグをコーチに招き、ラケットを変え、そして、よりネットに出ていく超攻撃スタイルに変えていくことで、再び往時の輝きを取り戻す。「唯一のフェデラー攻略法」である“バックハンド狙い”に対抗するため、彼は自ら変化を歓迎したのである。


 対してナダルは、苦闘の原因を技術や戦術面に見いだしてはいなかった。


「テニスの問題ではない。重要な局面になると、ナーバスになってしまう。それが問題なんだ」


 会見等で敗因を問われるたび、彼は誠実に答えてきた。


「いい状態の時は、どうやってフォアハンドを打っているかなど考えることなく、どのコースにどんなショットを打つかに集中できる。しかし今は、どうやってフォアハンドを打つのか? どうすればミスせずに打ち返せるかということばかり考えてしまう。これでは最高の選手たちと競い合うことは不可能だ」


 ナダルはスランプの要因を、自信の喪失や不安……すなわち精神面にあると確信しているようであった。だからこそ、29歳で迎えたキャリア最大の試練を乗り越えるために、彼は、今まで進んできた道の正しさを信じた。昨シーズン末、「オフにはバケーション等に行くのか?」と問われたナダルは、自嘲的な笑みを浮かべて答えている。


「僕はバケーションには値しないよ。数日だけ休み、あとはトレーニングとテニスの日々だ」


 故郷のマヨルカで「より激しく練習し」、幼少の日から歩んできた旅路の先へと突き進む彼の姿は、そのプレースタイルと同様にどこか泥臭く、どこまでも真摯であった。

内田暁

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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