南米ベネズエラが野球大国であるわけ 大人と子どもが描くゴールはMLB
「怒鳴り散らしてはうまくいかない」
アカデミーの選手たちは15歳前後。練習の合間にはくったくのない笑顔を見せる 【撮影:龍フェルケル】
だが彼らにとって、これはあくまで普通のプレーだ。昼までのメニューでは、基本的な内容が繰り返されていた。たとえば捕手の場合、ホームベースの後ろでうつぶせになってセンター方向を見ながら寝転び、後方から転がされたボールを補球して三塁に送球する。
練習の中身はハードなものの、笑顔と冗談にあふれたラテン乗りで行われていた。こうした雰囲気はドミニカ共和国、オランダ領キュラソーなどカリブ地域に共通する一方、AQスポーツ・エージェンシーにはモチベーショナルコーチ(モチベーション専門のコーチ)という独特な制度がある。
現在45歳のウィルメル・フェルナンデスはパナマの学校で心理学を学び、モチベーショナルコーチの国際資格を取得した。現在はマラカイにある3つのアカデミーで94人の子どもを見ている。
彼らに英語の授業を行いながら、その中でモチベーションを保つ方法を伝授。グラウンドでは顔を合わせて目標設定の方法を教えつつ、スマートフォンのアプリ「WhatsApp」でグループをつくって毎日何気無い会話も欠かさない。
「94人の子どもがいるようなものだから、俺たち夫婦間に子どもはいらない」と冗談めかすフェルナンデスに、日本の指導現場では怒声が珍しくないと伝えると、優しい口調が一転、熱弁を始めた。
「コーチは、選手が成長するためのシステムにおける一つのツールだ。だから、怒鳴り散らしてはうまくいかない。子どもたちをリスペクトし、一緒に話し合うことで彼らは自分のするべきことを理解できる。子どもも俺たちも同じ人間だろ? そう考えたら、一緒に成長していくべきだ」
「プロ契約へのショーケース」
13〜17歳の約20人が所属するこのアカデミーで目を見張ったのが、指導の的確さだ。例えば4人の捕手がニ塁への送球動作を繰り返す際、捕球してから投げる動作に移るとき、右足を先に踏み出す動きができていた。日本プロ野球の2軍では左足から先に動かす捕手も見るが、早く送球するには効果的な体重移動につなげるため、右足から動かすのがセオリーとされている。
「いい送球をするには、ステップからいい動きをする必要がある。そうして反復練習をすることで、完璧なプレーにつながっていく」
バッテリーコーチのペドロ・エスピノサはそう話した。このアカデミーでも基礎を徹底させることについて、エドガー・ペレス監督の説明は単純明快だ。
「メジャーのスカウトが望むのは基礎のできている選手だから、繰り返し教えている。このアカデミーはプロ契約するためのショーケースだ」
ベネズエラでプロへのいい準備を
その代わり、アカデミー在籍中はプロへの道、さらにメジャーリーグへの飛躍のみを追求する。投手がブルペンに入るのは週に1、2回で、1度の球数は20〜25球。キャッチボールから2分間隔で遠投の距離を5メートルずつ伸ばしていき、その間に台湾やメキシコでプロ経験のある投手コーチがメカニックを細かくチェックしていく。肩を消耗させず、合理的な投げ方を教えるのだ。
週に1回あるか、ないかという試合では一人に多くても2、3イニングしか投げさせない。そうした育成方法について、ペレス監督はこう語る。
「月曜から金曜までハードに練習しているから、試合で多く投げると肩を使いすぎることになる。肩を健康的な状態に保ち、プロになる準備をしてほしい。そうすればメジャーのスカウトがスピードガンを持って計測に来たときに、いい状態で投げられるだろ?」
ベネズエラにある国内アカデミーの役割は、完全にプロ選手養成機関だ。学校に行くのはロス・ピノスの場合、平日の午後のみ。地方出身者に至っては、土曜しか通わないという。
一方、アカデミーには合宿所が完備され、選手は無料で練習環境、住居、食事が与えられる。その費用はすべてメジャー球団入りした選手の契約金でまかなわれるため、教える側は効果的な指導法を追求する。だからこそコーチは怒声を飛ばすのではなく、選手たちがより前向きに成長できる環境をつくるのだ。英語もメジャーに行く前の準備として教えられている。
こうしたシステムこそ、ベネズエラが一流選手を輩出する背景にあるとペレス監督が指摘する。
「以前は我々のようなアカデミーがなく、スカウトは大会を見に行って発掘するしかなかった。でも今は国内アカデミーがあるため、選手はベネズエラでいい準備をした後にアメリカで活躍できるようになっている」
10代前半からメジャーリーグで活躍することを目指し、少年も大人も同じゴールを描いていく。だからこそ、ベネズエラは世界屈指の野球大国であるのだ。