智弁学園を初優勝に導いた目標設定 部員の“まとまり”を強めたある言葉

楊順行

準決勝から2試合連続サヨナラ勝ち

延長11回、村上のサヨナラ打で春夏通じて初の甲子園優勝を決めた智弁学園 【写真は共同】

 涙が出るかと思ったら、笑うしかできなかったな……村上頌樹の打球が、高松商高のセンター安西翼の頭上を超えるのを見て、不思議な感慨にとらわれた。

「あまりにもしんどい試合。それまでも、相手の美技にチャンスを阻まれていたので、“抜けてくれ”と祈るしかありませんでした」

 そして――抜けた。延長11回裏2死から、高橋直暉がセンター前ヒットで出る。続く村上の初球。「せっかく高橋がつないでくれた。なんとかしたい」と、シュート回転する外の真っすぐを強くたたくと、左打席からの打球はセンターへ糸を引く。「抜けろ!」と願った村上は、一塁を回って高橋のホームインを確認したあとの記憶がない…。

 智弁学園高が、準決勝から2試合連続サヨナラ勝ちで、初めての優勝を決めた。

 高松商高との決勝。ここまで4試合を1人で投げ抜き、2完封含む自責点1、防御率0.25の村上と、「しっかり研究してきた秀岳館高に対しても、低めに丁寧に投げた」(高松商高・長尾健司監督)右腕・浦大輝との対戦は、「投手戦になる」と浦の言うとおりの展開になった。智弁学園高が2回、併殺崩れの間に1点を奪うと、8回の高松商高は主将・米麦圭造のタイムリーで同点。試合は1対1のまま、決勝としては2010年以来の延長にもつれ込んだ。

最高成績を塗り替えたいという重圧

 智弁学園高は昨秋、近畿大会で大阪桐蔭高に完敗してから、日本一という目標をことあるごとに口にするようになった。小坂監督が、あえてそうさせたのだ。
「おこがましいかもしれませんが、打倒・大阪桐蔭を目指すのは、日本一を目指すのと同じこと」

 主将の岡沢智基はいう。
「口に出すことで、より気持ちを高めてきました」

 ただ、苦しい試合が続いた。開幕試合では、福井工大福井高に10安打されながら、村上がなんとか要所を締めて4対0。2回戦では、鹿児島実高に終盤までリードされながら、敵失に恵まれ同点に追いついた7回、福元悠真の2ランでようやく突き放す(4対1)。滋賀学園高との準々決勝は、「構えたミットに100パーセントきた」(岡澤捕手)村上が、被安打2の完璧な投球で完封(6対0)。龍谷大平安高との準決勝は、2回戦まで無安打で、その後「気分転換のために」五厘刈りにした納大地が、9回裏に逆転サヨナラ打……(2対1)。

 小坂監督が言うには、「準決勝では重圧がすごかった。ここまで、1977年のセンバツと、私自身がキャプテンだった95年の夏のベスト4がチームの最高成績。なんとか、その歴史を変えたいという重圧ですね」。

日本一を口にして強くなったまとまり

昨秋から日本一を口に練習をしてきた智弁学園。まとまりが強まった 【写真は共同】

“歴史を変えた”殊勲者の納はこう言う。
「日本一を掲げて以来、小坂監督は“俺を胴上げしてくれ”と口に出しますし、自分たちも練習中から“日本一、日本一”と口にしました。それには、厳しいことも指摘しなくてはなりませんが、一層まとまりが強くなった気がするんです」

 納によると、県庁を表敬訪問したときに、「与えられた場所場所で、しっかり花を咲かせて下さい」という言葉をいただいたという。それによって、ベンチ外も含めた全部員33人が、自分のやるべきことを再確認できた。

「1人のエラーは9人のエラー。みんなで取り返せばいいじゃないか」

 例えば、準決勝。初先発に抜擢された中村晃左翼手のエラー絡みで、龍谷大平安高に1点を先行された。だが「どうして起用されたか考え直した」中村は9回、1死一塁からセンター前ヒットを放ち、納のサヨナラ打を演出している。中村と納は1年時、寮で同部屋の仲良し。「中村がつないでくれたおかげです」と喜んだ。そして、決勝。村上のサヨナラ打も、「高橋がつないでくれたおかげ」なのだ。

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著者プロフィール

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。高校野球の春夏の甲子園取材は、2019年夏で57回を数える。

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