福岡堅樹、覚悟のプロ契約で進む道 5年間で2つの五輪、ラグビーW杯へ
リオ五輪に向けて激しい代表争い
W杯の経験を生かし、リオ五輪代表入りを目指す福岡 【斉藤健仁】
現在、セブンズの男子日本代表のスコッドは20名ほど。福岡がセブンズから離れていた2年間に、後藤輝也(NEC)や松井千士(同志社大3年)らが台頭した。「現在、良い競争ができています。山田章仁(パナソニック/サンウルブズ)、福岡だからオリンピックに出られるのではなく、最後は一番良い選手、フィットしている選手が出られる」(セブンズ男子日本代表の瀬川智広ヘッドコーチ)
福岡は「セブンズの経験も浅いので、その分やらないといけない」と自分の置かれている状況を十分に承知している。ただ、指揮官が求める自分の仕事、役割も理解している。「限られた時間の中で決定力を大事にしていきたい。瞬発力とスピードで得点をして、流れを作るようなプレーができたら」(福岡)
エディー・ジャパンの経験値を生かせるか
セブンズに向けて「ボールを持つ状況で常に自分の走りができるように」と語る 【斉藤健仁】
ただ福岡が「準備や相手の分析が大事ですし、大舞台での経験もしている。そういった部分をセブンズにも生かしたい」と言うようにエディー・ジャパンのハードな練習、そしてW杯の舞台を経験したことは、彼ならではの強みでもあり、自負もあろう。巻き返しに期待がかかる。
東京五輪の後は医者の道へ
現役生活は5年間と期限を決めて、福岡の新たな挑戦が始まった 【斉藤健仁】
筑波大在学中は4年間で卒業できないかも、と思ったこともあった。13年、日本代表に選出され、3カ月間、大学を離れることがわかったときは「4年間で卒業するのは難しいかもしれない。両親にも相談しましたが『しょうがない』と言ってくれました」。大学4年時も春から合宿、試合と多忙な日々を続いたが、どうにか卒業にこぎつけた。
「遠征から戻って、すぐにテストだと徹夜することもあり大変でした」という福岡は、卒業にあたって「研究室の先生、ラグビー部の顧問の古川拓生先生、そして日本代表に呼んでくれたエディーさんに感謝したい。本当に、なかなかほかの人にはできない経験をさせてもらいました」と謝辞を口にすることは忘れなかった。
3人の恩師への感謝の思いを胸に抱きつつ、5年間とプロ選手としての覚悟を決めて、まずはリオデジャネイロ五輪へと邁進する。