FC今治、百年構想クラブ承認の舞台裏 岡田武史のビジョンを共に歩むデロイト

宇都宮徹壱

締め切りの11月末まで、あと3カ月と少し

DTCは約3カ月という異例のスピードで申請の準備を整えた 【宇都宮徹壱】

 昨年来、私は主にピッチ側からFC今治というクラブを定期的にウォッチしている。ただしフロント業務に関しては、岡田オーナーへのインタビューからうかがい知るしかなかった。経営コンサルタントのプロは、このクラブをどう見ていたのだろうか。河内氏は今治のストロングポイントとウィークポイントを、このように見ていた。

「ストロングポイントは、やはり岡田オーナーの存在です。オーナーのビジョンに共感する仲間が集まり、通常のサッカークラブの枠にとどまらない、新しいアイデアや価値を創出しようとする取り組みが自発的に生まれてきています。では、ウィークポイントは何か。今治はさまざまなメディアに取り上げられていて、何となく『すごいクラブだな』と受け止められていますよね。でも先ほど申し上げたとおり、限られたメンバーで何とか日々やりくりしているのが実情であり、まだまだマネジメントの体制や現場のオペレーションが未熟であることは否めません。個人的には、周囲の認識(期待)と、実態との間にギャップが生まれることで、意図していない「失望」を招いてしまうことを懸念しています。そうしたギャップが生まれやすいところが、このクラブのウィークポイントであり、皆さんの期待に応え、目指す姿の実現に向けて自走できる経営基盤を整備することが、われわれの役割だと思っています」

 分析を終えてからのDTCの動きは素早かった。まず、昨年に百年構想クラブの認定を受けている鹿児島ユナイテッドFC(現在J3所属)の徳重剛代表にアドバイスを求めた。具体的には「申請にあたって、内容確認や追加提出を求められた書類の有無や、想定外に時間を要した事象がないか、また、訪問審査時の想定問答で留意すべき点は何か」などなど。そうした答え合わせの一方で、8月中旬にはJリーグのクラブライセンス事務局を訪問。クラブライセンスマネジャーの青影宜典氏と面談の上、申請に必要な書類のボリュームを把握することができた。ここで興味深いエピソードをひとつ。鹿児島の徳重社長もクラブライセンス事務局の青影氏も、実はデロイトのOBであった。

「OBだから訪問したというわけではないです(笑)。徳重さんの場合、事前に経歴を確認していて『あれ、元トーマツの人だ』と知りました。ただ、徳重さんはグループ法人である有限責任監査法人トーマツの所属でしたから、私自身は在職中に面識はありませんでした。青影さんは、初回訪問でお会いしたときに『実はDTCの出身です』とうかがいました。恥ずかしながら、青影さんが、DTCをご卒業後、大分(トリニータ)の再建に深く関わったということもあとから知ったくらいです(苦笑)。意外かもしれませんが、サッカー界には、デロイト トーマツグループの出身者はかなり多くいらっしゃいますよね」

 もちろん、だからといって何かしら便宜を図ってもらったという話ではない。むしろJリーグ側からは「今年(15年)に申請するんですか? それは構わないですが、非常に大変ですよ」と釘を刺されたという。締め切りの11月末まで、あと3カ月と少し。「われわれとしては、他テーマのご支援の優先順位を一度下げて、百年構想クラブ申請をフルサポートすることに致しました」。河内氏は神妙な面持ちで、当時の決断をそう振り返る。

JFL昇格の夢を絶たれてもプロジェクトは続く

河内氏(左から4番目)は今回のプロジェクトを、「二人三脚で歩んでいく難しさと楽しさがあった」と振り返った 【デロイト トーマツ コンサルティング提供】

 昨年の8月中旬から11月末といえば、トップチームの激闘の日々と見事に重なる。ツエーゲン金沢との天皇杯の激闘(8月30日/3−6)、四国リーグでのトラスターとのデッドヒート(優勝決定は10月4日)、そして岩手での全社(10月18日の2回戦で敗退)、愛媛での地域決勝(11月6日〜8日)。そんな中、河内氏をはじめとするプロジェクトのスタッフは、チームの戦績に一喜一憂しながら粛々と作業を続けてゆく。

「期限の制約から、特に注意を要したのは、外部ステークホルダーが絡む申請書類でした。具体的には、ホームタウンや県サッカー協会の支援文書などになります。公式な書類ですので、提出前に各々の組織の中で、内容について承認を頂く必要があります。承認可能な会議体が月次や隔月開催の場合、逆算すると記載文言の調整は2カ月前までに終わらせる必要がある。それから商標などの知的財産関連。『Jに行けるぞ!』となったときに、愛着あるクラブ名やエンブレムが使えないということになると、ファンやサポーターの皆さんが盛り下がってしまう恐れがありますよね。そうした権利関係については、外部機関に調査をお願いするのですが、これも一定の期間が必要になります。現地に常駐していた弊社の若いスタッフは、期限直前はプレッシャーで毎晩うなされていました(苦笑)」

 それでも河内氏たちプロジェクトスタッフは、ひとつひとつの課題をこつこつとクリアしていった。他方、書類の不備は絶対に許されないため、提出のタイミングを9月末、10月末、そして11月中旬と末の4回に分けて、修正と再提出を繰り返したという。この細心さは、いかにもプロのコンサルらしいと言えよう。この間、トップチームは来季のJFL昇格の夢を絶たれていたが、彼らの戦いは年をまたいで続いた。

 2月4日と5日、Jリーグの担当者が訪問審査で今治を訪れる。「ここからが大変ですよ。一緒に頑張っていきましょう」という彼らの話しぶりから、河内氏は「これは大丈夫だろう」と心の中でガッツポーズした。そして23日の正式発表をもって、本テーマの支援はようやく完結する。単なる胸スポンサーから、一歩も二歩も踏み込んだクラブとの関係性を構築したことについて、最後に河内氏の感慨を紹介して本稿を締めくくる。

「本来、われわれコンサルは黒子(くろこ)の存在です。さまざまな分析や提言は行いますが、あくまでも「実行」されるのはクライアントの皆様です。そういった意味で、今回は、二人三脚で歩んでいく難しさと楽しさがありました。百年構想クラブ申請の支援は完了しましたが、将来にわたってクラブの経営を強くするという意味ではまだまだこれからです。『これまでなかったものを創造する』ためにも、中長期を見据えた経営のサポーターとして、引き続き共に歩んでいきたいと思います。将来的には、FC今治で実現したことを他の地域にも提供することで、岡田さんのビジョンでもある『地域活性化を通じて日本を元気にする』を本当の意味で実現していきたいですね」

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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