「サッカーの街」で迎えたJ2開幕の風景 J2・J3漫遊記 清水エスパルス 前編

宇都宮徹壱

スコアレスドローに終わったJ2開幕戦

愛媛の堅い守備を崩すべく、ドリブル突破を試みる大前。今季からはキャプテンマークを巻く 【宇都宮徹壱】

 清水サポーターの話を拾い続けてみて、あらためて気付かされたことがある。それは、彼らが「サッカー王国」としてのプライドと理想を常に抱きつつも、自分たちの置かれた状況というものを実に冷めた目で見ていたことだ。当地の気風は、よくブラジルにたとえられることが多いが(歴代監督にブラジル人が多かったことが影響しているのかもしれない)、むしろイングランドの方がより近いように私には感じられる。

 野球文化が支配的だったわが国において、どの地域よりも早くサッカーの指導者育成を徹底し(今から半世紀以上も前の話だ)、結果として多くの優秀なプレーヤーを輩出し、当時としては珍しかったサッカー専用スタジアムをJリーグ開幕以前に建設し(1991年)、Jリーグ創設の際には「親企業を持たない唯一のクラブ」のホームタウンとなった清水。「日本サッカー発祥の地」は横浜、もしくは神戸とされているが、最初にサッカー文化というものをわが国の土壌に根付かせ、幾多の名選手を送り出してきたという意味において、清水は日本最古の「サッカーの街」であった。しかし今では、先駆者としての優位性が明らかに揺らいでいることを、多くの地元サポーターが自覚している。まさに、今世紀に入ってからのイングランドのファン気質と、一脈通じるものがある。

 さて、試合である。クラブ史上初となるJ2の戦いは、予想以上の苦戦となった。対戦相手の愛媛は、昨シーズンのJ1昇格プレーオフに参戦した自信、そしてJ2の先輩としての経験を前面に押し出したサッカーを展開。5バックで守備を固め、球際勝負とカウンター狙いという戦術に徹していた。これに対して清水は、序盤はキャプテンの大前元紀が積極的なドリブルで仕掛ける動きを見せたが、相手の裏を突くパスがなかなか決まらず、パスの受け手もミスが目立った。90分間で放ったシュートはわずかに6本(愛媛は3本)。そのほとんどは枠外であった。結果はスコアレスドロー。昨年5月30日(対川崎フロンターレ、5−2)以来となるホームでの勝利は、今回もお預けとなった。

 今季から清水を率いる小林伸二監督は、試合後の会見で「去年はサポーターも選手も苦しい思いをしていて、今日も厳しい試合になるということで緊張していたと思う」と語り、選手に力みがあったことを認めた。その上で「(点は)取れなかったけれど、最低限の守備はできた」と一定の評価を示している。チーム立て直しの最重要ポイントとして、小林が挙げているのが「失点を減らすこと」。昨シーズンの失点は、J1最多の65。1試合平均で2失点している計算だ。この日の攻撃に積極性が見られなかったのは、昨シーズンの失点のイメージが選手たちに心理的なブレーキをかけていたのかもしれない。無失点で引き分けたのは、むしろ悪い結果ではなかったと言えるのではないか。

清水サッカーのゴッドマザー

長年、清水のサッカーを見守り続けてきた綾部美知枝氏。王国復活には「外様の力が必要」と語る 【宇都宮徹壱】

「今日の清水は、きれいに点を取ろうとし過ぎていたんじゃないですかね。もっと泥臭くてもいいのに。むしろ愛媛の方がガッツリ来ていたし、展開も速かった。清水が思うようなサッカーができなかったのは、そこに原因があるんじゃないかと思っています。いずれにしても、J2は思っていたほど甘くはない。バケツで水をかけられたような思いです」

 はっきりとした口調で、しかも容赦ない。それでいて、慈母のような深い愛情が感じられる。綾部美知枝は、かつては日本サッカー協会の特任理事を務め、現在はエスパルス後援会常任理事と静岡県サッカー協会評議員という肩書きを持っている。小学校教員だった彼女は、堀田哲爾(故人)とともに、清水の地にサッカーの種をまいたひとりであった。女性サッカー指導者の草分け的な存在でもあり、オール清水(清水FCの前身)では風間八宏や大木武を指導。清水FCでは大榎、長谷川健太、堀池巧を擁して第1回全日本少年サッカー大会を制している。当人は笑って否定するだろうが、まさに「清水サッカーのゴッドマザー」と呼ぶべき存在だ。

 そんな彼女も、最近の清水の低迷ぶりには心を痛めている。とりわけ昨シーズンは、教え子の苦境に自らも「十二指腸潰瘍になった(笑)」というほど苦しんだという。それでも大榎の妻には「苦しい時期は、家ではできるだけサッカーの話をしない方がいい」とアドバイスし、大榎自身には「自分を信じて、信念を曲げないように。ピッチで戦うのは選手。あなたのやるべきことをやればいいのよ」と励ました。そして辞任が決まったとの知らせを当人から受けたときには、多くを語ることなく「お疲れ様でした」と労をねぎらったという。

 さて、今回の取材のメーンテーマは「サッカー王国清水の復活に必要なもの」である。もはやレジェンドの神通力で何とかなる状況ではない。そこで注目したいのが「外様の存在」。清水は昨年、横浜FMの社長や湘南ベルマーレの専務取締役を歴任した、左伴繁雄を新社長に迎えている。そして今年、「昇格請負人」の異名を持つ小林を新監督に招へい。清水や静岡に縁もゆかりもない人間が、それぞれ社長と監督を務める体制というのは、クラブ史上初めてのことである(左伴は東京、小林は長崎の出身)。長年、クラブを見守り続けてきた綾部は、この決断をどう見ているのか。彼女の答えは、意外と前向きなものであった。

「私は外様の力が必要だと思いますよ。私たちが見えていなかったこと、清水の良さやマイナスの部分も、外から来た人にはよく分かると思うんです。もちろん、風当たりが強いときもあるかもしれない。それでも港町・清水の人間は懐が深いから、外様であっても受け入れることはできますよ。私も左伴さんに初めてお会いしたときには『とても清水のことを研究されている』と感じました。左伴社長には、広く大局を見ながら、サッカーの街・清水を背負って立っていただきたいですね」

 最後に、綾部に「貴方にとって清水エスパルスとは?」と尋ねてみた。清水のゴッドマザーは少し考えてから、りんとした声で「宝です」と答えてくれた。

<後編につづく。文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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