「サッカーの街」で迎えたJ2開幕の風景 J2・J3漫遊記 清水エスパルス 前編

宇都宮徹壱

開幕戦前夜のIAIスタジアムにて

開幕戦前夜のIAIスタジアム。深夜にもかかわらず、抽選会には多くの清水サポーターが駆けつけた 【宇都宮徹壱】

 清水エスパルスのホーム、IAIスタジアム日本平はどっぷりと宵闇に包まれていた。

 J1リーグが開幕した2月27日の夜──時刻はまもなく22時だ。明日の清水エスパルスの開幕戦キックオフまで、まだ15時間もある。にもかかわらず、星明かりの下には清水サポーターの長い行列ができていた。その数、500人はいただろうか(あるいはもっと多かったかもしれない)。温暖な気候で知られる静岡だが、この時期の夜はまだまだ冷える。張り詰めた空気の中、それでも清水サポーターは縮こまるどころか、むしろ内に秘めた高揚感を抑えきれずにいる様子。何やら初詣のような光景がそこにはあった。

 なぜ私は、開幕前夜のIAIスタジアムにいるのか。そして、なぜこれだけ多くの清水サポが、こんな時間に集まっているのか。それを説明するためには、時計の針を3時間ほど巻き戻す必要がある。その日の19時ごろ、私は富士市にある『一心』という中華風居酒屋で食事をしていた。ここは清水のサポーターが集まることで知られており、今回の取材の前に彼らの言葉に耳を傾けておこうと考えていた。ところが、実際に店にやって来たのは、清水のサポーターが2人、明日の対戦相手である愛媛FCのサポーターとなぜか松本山雅のサポーターが1人ずつ、そして非サッカーファンが2人という顔ぶれ。ちょっとあてが外れてしまった。

 ちょうど店内のテレビ画面は、横浜F・マリノスとベガルタ仙台によるJ1開幕戦を映し出していた。清水サポは平岡康裕が期限付き移籍している仙台を、そして愛媛サポは愛して止まない齋藤学(2011年に愛媛でプレー)がプレーしている横浜FMを、それぞれ応援している。「なるほど、J2のサポはそういうふうにJ1を楽しんでいるのか」と妙に納得する。試合はアウェーの仙台が1−0で勝利。すると、それまで平岡をわが子のように応援していた清水サポの女性が、「これから抽選会に行く!」と立ち上がった。「抽選会」というのは、今季ホームゲームの入場順番を決めるためのものだという。ちょっと面白そうなので、私も彼女の車に同乗させてもらうことになった次第である。

 やがて抽選会が始まり、一桁の番号を引き当てるたびに歓声が挙がる。「入場順番を決めるといっても、毎回シート貼りをする必要はあるんですけれどね。それでも年に一度のイベントですから、サポは気合が入っていますよ」と語る清水の女性サポーター。同世代くらいかと思っていたら、すでに孫がいるそうで、息子は平岡と一緒のチームでプレーしていたという。「サッカーの街」清水では、こんな話がいたるところで転がっている。何だか、すごいところに来たな──それが、清水取材1日目の率直な感想であった。

試合前の古参サポーターたちの言葉

今季のチャントを確認する清水サポーター。初めてJ2で迎える新シーズンに彼らは何を思うか 【宇都宮徹壱】

 試合当日の28日は快晴。スタンドのオレンジ色が、いつも以上に眩しく感じられる。清水のホームゲームを訪れるのは、実に19年ぶり。ただ単にご縁がなかっただけの話だが、名門・清水がJ2に降格しなければ、さらにご無沙汰していたかもしれない。それだけに清水のゴール裏から聞こえるチャントが、ほとんど変わっていなかったのは個人的にはうれしかった。もっともサポーターの心情が、J2降格によってすっかり様変わりしていたのは見逃せない。Jリーグ開幕当時から応援している、ある古参サポーターは「実は、この日を迎えるのが不安だったんです」と打ち明ける。

「本当に1年でJ1に戻れるのかと考えると、不安で不安で仕方がなかった。これまでは『J1にいること』がずっと当たり前で、その感覚が身体に染み付いていましたからね。ただ、われわれの応援も含めて、いろんなことを見つめ直す良い機会じゃないかなと考えるようになりました。かつて清水は『サッカー王国』と呼ばれたけれど、残念ながら今はそうではない。(降格という)現実を突きつけられても、いまだに過去の幻想を引きずっている人はいますけれどね」

 14年のシーズン途中で、アフシン・ゴトビからチームを引き継いだのは、大榎克己。誰もが認める清水のレジェンドは、同シーズンを残留ラインぎりぎりの15位で終えたものの、2年目の昨シーズンはファーストステージを3勝4分け10敗の18位で終え、セカンドステージ第5節で辞任した。これを受けて、ヘッドコーチの田坂和昭が後任監督となったものの、チームを立て直すには至らず、清水はクラブ設立以来初のJ2降格となってしまった。降格の責が田坂よりも大榎にあったことは明らかだが、当人を表立って批判する意見はほとんど聞かれない。別の古参サポーターは、「あまり大きな声では言えないんですけれど」と前置きした上で、大榎体制の問題点をこのように語ってくれた。

「確かに大榎さんは、選手としては素晴らしかった。人格者だったし、清水愛に溢れる人でしたよ。とはいえ監督としては優し過ぎたし、非情になれないというか、勝負に徹しきれるタイプではなかったですね。だからチームの中で競争が生まれなかったし、なかなか勝てずに負のサイクルに陥ってしまった。大榎さんが目指していたのは『清水らしい、楽しく美しいサッカーで勝つ』スタイル。だけどJ2に落ちた今となっては、1年で昇格するためにとにかく勝ち点を拾い続けるしかない。どんなにつまらないサッカーでも、まずは勝たないとね」

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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