特別となった「onze」の物語  徳島の背番号にまつわるストーリー

松下英樹
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誰もが認める徳島の特別なナンバー「onze」

徳島の前身となる大塚FC時代から「onze」を背負い活躍を見せてきた片岡 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 柿谷曜一朗(現セレッソ大阪)、ドゥンビア(現ニューカッスル・ユナイテッドFC)、丹羽大輝(現ガンバ大阪)、最近ならドウグラス(現アル・アインFC)ら徳島ヴォルティスでプレーし、その後ビッグクラブへとステップアップした選手は複数いる。所属期間の長短はあるものの、彼らは徳島の地にいる時から才能の片りんを見せていたし、それゆえファン・サポーターから大いに愛されていた。

 だが、柿谷の13番も、ドゥンビアの10番も、丹羽の17番も、ドウグラスの9番も、チームを象徴する背番号になったかと言えば、答えはノーだ。なぜなら徳島においては誰もが認める特別なナンバーがある──。それは、「onze」(ポルトガル語で11の意)。

 徳島における「onze」の物語は、Jリーグ参入前からすでに始まっていたと言えよう。前身の大塚FC時代、それを背負う片岡功二はJFLを戦うチームで強い個性と存在感を放ち続けていた。
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著者プロフィール

1970年生まれ。Jリーグ公認ファンサイト「J’s GOAL」で徳島を担当し、現在はクラブの公認ファンサイト「ヴォルティススタジアム」にも寄稿。また、クラブのJ参入初年度から「マッチデイプログラム」の制作にも携わり、さまざまな角度から長く徳島を見続けている。そして書くだけでなく、自身もまだプレーを継続中。今年でサッカー歴は40年を迎える。

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