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松田から田中へと受け継がれた背番号3
松本の背番号にまつわるストーリー

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松本に多くのものをもたらした松田直樹

松田直樹が松本で背番号3を背負った期間はわずか7カ月ほどだが、クラブに多くのものをもたらしてくれた
松田直樹が松本で背番号3を背負った期間はわずか7カ月ほどだが、クラブに多くのものをもたらしてくれた【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 松本山雅FCがJリーグ参入を目指して活動を本格化させたのは2005年。その意味において、その歴史はいわゆる他の強豪に比べると決して長いものでない。


 しかしクラブはこの10年の間、脇目も振らずに全速力で駆け抜けた。だからこそ、その10年間がどれほど濃密だったことか。地域リーグ2部から日本サッカーのトップカテゴリーへの昇格を果たし、人影まばらなスタジアムも熱狂的なサポーターで埋め尽くされるようになった。良くも悪くも日常的にクラブの話題が街のあらゆる場所から聴こえてくるようになり、芽吹いたフットボールの文化は確実に深く根を張っていることを実感させられる。


 その数え切れない栄光は、志を抱いて緑色のユニホームに袖を通してきた数多の選手がいたからこそ成し遂げられたものばかりだ。その一人に、2011シーズンの大型補強の目玉だった松田直樹がいる。彼もまたクラブに大きなものをもたらした選手だった。

多岐太宿

1976年生まれ、信州産。物書きを志し、地域リーグで戦っていた松本山雅FCのウォッチを開始。長い雌伏(兼業ライター活動)を経て、2012年3月より筆一本の生活に。サッカー以外の原稿も断ることなく、紙、雑誌、ウェブサイト問わず寄稿する雑食性ライター。信州に根を張って活動中!

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