元日決勝とACL本戦を懸けた準決勝 天皇杯漫遊記2015 浦和vs.柏

宇都宮徹壱

試合を決定づけたのは「ベンチの差」?

準々決勝でFKだけで3得点をたたき出したクリスティアーノ(左)だが、浦和はFKのチャンスを与えない 【Getty Images】

 後半も浦和がボールを支配し続けていたが、柏も単に受け身に回るだけでなく、「柏木がいなくなってからは、もう少し前に出て行ったり、裏に行こうとしたりという意識が感じられるようになった」(吉田監督)。しかし数少ないチャンスは、いずれも浦和の手堅い守備に阻まれてしまう。仙台戦で3点をたたき出したクリスティアーノのFKも、この日は前半の1本のみ(壁に入った那須大亮のヘッドでコースが変わり、わずかに枠から外れた)。仙台とは違って、浦和は絶好の位置でのFKのチャンスをなかなか与えてくれない。
 
 結局、前後半90分でも両チームのゴールは生まれず、延長戦に突入。柏はこれで、3試合連続での120分ゲームとなった。ここで対照的だったのが、両チームのベンチワークである。浦和のペトロヴィッチ監督は延長前半開始時に、宇賀神とズラタンに変えて興梠と李を投入(興梠が1トップ、李がシャドウに入り、梅崎司が左MFにスライド)。これに対して柏のベンチは、延長後半の開始時にようやく最初のカードを切る(茨田OUT/栗澤僚一IN)。さらに延長後半3分には、シュート1本に終わった武富孝介を諦めて元日本代表の大津祐樹をピッチに送り出した。しかしシステムは5バックのまま。
 
 ここまで交代を引き伸ばした理由について、吉田監督は「前半半ばから相手の攻撃やスピードに慣れて、大きな問題を感じなかった。むしろシステムや人を入れ替えて崩れることが怖かった」と語っている。そもそも柏のベンチには、状況を劇的に変えられるコマが明らかに不足していた。試合を決めたゴールは、そうした両者の「ベンチの差」が如実に出たと言ってよいだろう。延長後半12分、右サイドからの関根のクロスを逆サイドで受けた梅崎が、いったんは相手選手にブロックされたものの再び折り返し、最後は途中出場の李が高い打点からヘディングシュートを放って柏のゴールネットを揺さぶる。
 
 この決定的な失点を機に、吉田監督は5バックの撤回を決断。最後のカードで中谷から太田徹郎に代え、システムをいつもの4−3−3とするも時すでに遅し。かくして1−0で勝利した浦和は、06年大会以来9年ぶりに決勝に進出。柏の優勝がなくなったことで、浦和のACL本戦進出と、FC東京のプレーオフ進出が決まった(余談ながら、かつてFC東京と柏に所属していた李の決勝ゴールが来季ACLの行方を決したのは、いささか出来過ぎた展開であった)。

浦和でのタイトルを渇望するペトロヴィッチ監督

決勝点を決めた李忠成は、ラウンド16から3試合連続ゴールを記録。「決勝でも点に絡みたい」と語る 【宇都宮徹壱】

 試合後の監督会見。これが柏での最後の指揮となった吉田監督は、試合後にサポーターに対して「ACLを届けられなくて申し訳ないということと、これまでありがとうございましたということ、これからも柏レイソルをよろしくお願いしますと伝えました」と明かした。その表情からは、単に敗れただけでは収まらない苦渋の表情を読み取ることができた。
 
 現役時代に柏でプレーした経験を持つ吉田監督は、05年に指導者に転じて以降はまさに「柏一筋」のキャリアであった。10年間にわたって、育成年代のコーチと監督、さらにはアカデミーダイレクターとトップチームの強化部を歴任。今季からトップチームの監督に就任し、アンダー世代も含めての一貫した方針での強化を目指してきた。ところが、わずか1シーズンでその方針は撤回されてしまう。J1では年間総合10位ながら、ACLはベスト8で天皇杯はベスト4。1年目としては十分に立派な成績だと思うのだが、普段取材していない部外者が言えるのはそこまで。来季はアルビレックス新潟の監督として、その手腕を大いに発揮してほしいところだ。
 
 一方、4シーズンにわたりビッグクラブの浦和を率いてきたものの、これまで一度もタイトルを手にしていないペトロヴィッチ監督。会見で「タイトルから縁遠い理由をどう考えるか」と尋ねられると、「広島の監督時代には、ゼロックス・スーパーカップ、J2優勝(いずれも08年)、そして浦和でも今年は『スカパー! ニューイヤーカップ』を獲っている」と反論したうえで、「いくら方向性が間違っていないと言っても、目に見える結果を出さないと周囲は評価してくれない。だからこそ、この(天皇杯の)タイトルはぜひ獲りたい」と強い意気込みを見せた。
 
 では、2月9日のプレーオフが回避されたことについてはどうか? ペトロヴィッチ監督の答えは明快だった。「プレーオフに出場するとなると、2次キャンプをいったん中断して試合に臨まなければならなかったし、満足に準備できない可能性もあった。選手の休暇も短くなってしまう。その意味で、この日の勝利は重要なものであった」。ただでさえ来季も過密なスケジュールが待っている中、ACLの本戦出場権を勝ち取った意義は大きい。現体制になって、過去2大会はいずれもグループリーグ敗退となっているだけに、来季こそはアジアでのブレークスルーを期待したい。
 
 なお元日決勝の対戦相手は、広島に3−0で勝利したG大阪に決まった。浦和が最後に決勝進出した06年大会と同じカードである。当時の指揮官は、G大阪が西野朗監督で浦和がギド・ブッフバルト監督。結果は1−0で浦和の勝利であった。あれから9年。両者とも監督人事を含めた曲折を経てきただけに、興味深い顔合わせであるといえよう。ACL出場権の行方も確定し、ファイナルは純粋にタイトルとプライドを懸けた戦いとなる。16年最初のゲームが、日本サッカーの明るい一年を予感させるような内容となることを願いつつ、今年最後の原稿を締めくくることにしたい。皆さん、どうぞよいお年を。

2/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント