「リーグ戦と同じ気持ちで」勝ち取った道 J1昇格プレーオフ準決勝 福岡対長崎

宇都宮徹壱

「失うものが多すぎる」プレーオフ

キックオフ直前の福岡イレブン。バックスタンドには「J1」のコレオグラフィーが浮かび上がる 【宇都宮徹壱】

「プレーオフで負けたら? そりゃあ、失うものが大きすぎますよ! だって順位表を見てみてください。相手(V・ファーレン長崎)との勝ち点差が22もあるんですよ。それなのにウチのアドバンテージはホームでやれるくらいしかない(笑)。一発勝負で、もし向こうが決勝に行ってしまったら、こっちはあまりにも失うものが多すぎる」

 アビスパ福岡のサポーターグループ『ウルトラ・オブリ』の代表を務める山本圭吾は、モツ鍋をつつきながらそう力説した。なるほど確かに、説得力がある。前日(11月28日)にはJ1チャンピオンシップで、年間順位2位の浦和レッズが3位のガンバ大阪に、延長戦の末1−3で敗れていた。それでも両者の勝ち点差は9。3位福岡と6位長崎との勝ち点差22と比べると、さほどの開きがないように感じられてしまう。もし福岡が長崎に不覚を取ってしまうと、「失うものが多すぎる」というのも十分に納得である。

 今年もプレーオフの季節がやってきた。4回目となる今大会は、3位の福岡と6位の長崎の他に、4位のセレッソ大阪、そして5位の愛媛FCが出場を決めた。この大会の「常連」ジェフユナイテッド千葉と京都サンガFCがプレーオフ圏外となり(それぞれ9位と17位)、長崎以外の3チームはいずれも初出場というフレッシュな顔合わせとなった。第41節終了時で、プレーオフ進出を確定させていたのはC大阪と愛媛。最終節の時点では、福岡は自動昇格の可能性を残しており、長崎は東京ヴェルディや千葉と6位の座を争っていた。

 そして迎えた11月23日の最終節、福岡はFC岐阜とのアウェー戦に4−1で勝利し、怒涛の8連勝でフィニッシュ。試合直後、裏の試合で2位のジュビロ磐田が大分トリニータに引き分けたとの誤報が流れ、選手もサポーターも一瞬だけ喜んだものの、その後磐田がアディショナルタイムで勝ち越したことが判明し、逆転昇格の夢は一気に霧散した。一方の長崎は、ギラヴァンツ北九州とのアウェー戦に1−2で敗れたものの、東京Vと千葉がいずれも敗れたために、2年ぶりとなるプレーオフのチケットを手にすることができた。かくして、福岡と長崎による「勝ち点差22」の対戦が実現。ちなみに両者の過去の対戦成績は1勝4分け1敗。今季の対戦は、いずれもスコアレスドローだった。

さまざまなプレーオフを経験してきた福岡

ウルトラ・オブリの山本(中央)。福岡が経験してきたすべてのプレーオフを目撃している 【宇都宮徹壱】

 さて、今回がプレーオフ初出場となる福岡だが、実は昇格と残留と降格をめぐる大一番をこれまでたびたび経験している。すなわち1998年のJ1参入決定戦、そして04年と06年のJ1・J2入れ替え戦である。しかも04年の入れ替え戦は昇格を目指すJ2クラブとして、06年は残留を目指すJ1クラブとして、それぞれテンションの高い試合に臨んできた。これまでJリーグが実施してきた、さまざまなプレーオフをすべて経験しているクラブは実のところ福岡のみである。福岡ブルックス時代からクラブを応援し続けている山本にとって、これらプレーオフの中でも特に印象に残っているのが98年のJ1参入戦であった。

「この年、ウチは18位で最下位だったのですが、参入戦のおかげで助かる道ができました。それとウチが初めてメディアから注目されたのも、あの参入戦でしたね。いろいろなメディアが、われわれを密着取材してくれました。1回戦の川崎(フロンターレ)戦では、1−2で負けていたのですが山下芳輝の同点ゴールで延長戦になり、最後はフェルナンドのVゴールで逆転勝ち。次のジェフ(市原=当時)戦には0−2で負けましたが、(コンサドーレ)札幌とのホーム&アウェー(第3参入クラブ決定戦)には不思議と自信がありましたね。ホームで勝ったとき(1−0)は、200人くらいがピッチになだれ込んで選手と抱き合って喜びました。今ではまず考えられないことですが(笑)」

 半ば伝説となった98年の激闘を知る者は、福岡のゴール裏でもすっかり少数派となってしまった。それでも「あの参入戦を経験したことで、スタンドが一体となってチームを勝たせる大切さを身をもって学びましたね。そしてそれを若い世代に伝えないといけない」と山本は続ける。そして今回、初めて現行のプレーオフに臨むわけだが「98年の経験があれば乗り越えられる」。過去、3位のチームはいずれも昇格していないが「それは気にしていない」。今季の長崎との試合に勝っていないことについても「(対戦したのは)ウェリントンと中村北斗のホットラインが完成する前だったからね。今なら負ける気がしない」。どこまでもポジティブだ。

 キックオフ直前、会場のレベルファイブスタジアムのバックスタンドから巨大な「J1」という文字が浮かび上がる。福岡のサポーター、とりわけ古参のサポーターにとって「J1」の2文字が持つ重みは格別だ。劇的な勝利で選手とサポーターが喜び合った98年の参入戦。いずれも勝利には至らず涙をのんだ04年と06年の入れ替え戦。果たして、あと一歩のところで自動昇格を逃して臨む今回は、福岡にとってどんなプレーオフとなるのだろうか。15時30分、キックオフ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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