株式上場などで追い風のフェラーリ
黄金期再来へ必要なカギは?
移籍1年目の今季、ベッテルはドライバーズランキングで3位につける
移籍1年目の今季、ベッテルはドライバーズランキングで3位につける【Getty Images】

 2015年シーズンも最終戦を残すのみ。今年もメルセデスが圧倒的な強さを見せて、2年連続のドライバーズチャンピオンシップ(ルイス・ハミルトン)とコンストラクターズチャンピオンシップのダブルタイトルを獲得している。しかし、もうひとつ今年注目だったのが、4年連続でワールドチャンピオンを獲得していたセバスチャン・ベッテルがフェラーリに移籍したことだ。同時にフェルナンド・アロンソがフェラーリからマクラーレン・ホンダへ移籍したこともあり、この両者の選択にはシーズン前から大きな注目が集まった。


 結果として、ブラジルGP終了時点でトップのメルセデスが獲得したコンストラクターズポイントは660ポイントで、2位のフェラーリは401ポイントと250ポイント以上の差がつけられ、その差は歴然としている。しかし、ドライバーズチャンピオンシップに目を移すと、トップのハミルトンが363ポイントなのに対して、ランキング3位のベッテルは266ポイント。ランキング2位のニコ・ロズベルグ(メルセデス)は297ポイントで、ベッテルとの差は31ポイントしかない。


 つまり、ベッテルは1996年シーズンのミハエル・シューマッハ移籍の再来を感じさせる復調(シーズン3勝/1ポールポジション、ちなみに96年のシューマッハはシーズン3勝/4ポールポジション)の兆しをみせ、対極的にアロンソは苦渋の一年となった。そしてフェラーリにとって、2012年以来のコンストラクターズ2位へと返り咲き、08年以来のコンストラクターズタイトル獲得に向けた戦略のひとつがベッテル獲得であり、その初年度から十分な結果を残したといえるだろう。

歴史は繰り返すのか?

 よく歴史は繰り返すというが、1970年代後半にニキ・ラウダを起用し成功したルカ・ディ・モンテゼモーロが、91年にフェラーリに復職。当時のフェラーリは、F1は低迷期の真っ最中で、市販車は人気はあるがその品質は低く、ホンダが89年に発売したNSXと比較されたフェラーリ348GTB/GTSは、当時「NSXを上回っているのはイタリア車であることくらい」と評された。そんなどん底状態から、F1ではシューマッハの起用、市販車では日本車の品質管理などを徹底的に研究しF355というヒットモデルを生み出した。その後のフェラーリはF1で長く続いた成功とともに、市販車でもヒットは続き、いつのまにかフィアット・グループでいちばんの稼ぎ頭ブランドとなった。


 そんなフェラーリだったが、2006年シーズンでシューマッハが引退すると、その勢いが残っていた07年シーズンこそキミ・ライコネンがチャンピオンを獲得するも、その後は長くタイトルとは無縁の状態が続いている。決して低迷とまではいかないものの、ワールドチャンピオンは遠い存在となりつつあった。


 そんな膠着状態を打破する多くの決断が14年シーズンに行われた。まずはモンテゼモーロ会長がフェラーリを離れ、フィアットグループCEOのセルジオ・マルキオンネがフェラーリ会長に就任した。マルキオンネ新会長はフェラーリF1のチーム代表に、元フィリップモリスでマールボロブランドマネージャーとして長くF1の世界を知るマウリシオ・アリバベーネを指名。ちょうど、モンテゼモーロが当時優勝請負人としてWRCやル・マン24時間レースでプジョーを牽引していたジャン・トッドをチームマネージャーとして引き抜いたときのようだ。ジャン・トッドはシューマッハを引き抜いたが、アリバベーネはベッテルを引き抜いた。そのときの最高のドライバーを躊躇なく引き抜き、新生フェラーリとして迎えたのが15年シーズンだったわけだ。

田口浩次

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