最悪のシナリオを招いた不可解な継投策 大一番で露呈した小久保監督の経験不足

中島大輔

9回ピンチの場面でマウンドに向かい、投手交代を告げる小久保監督(右) 【Getty Images】

 考えられる限り、最悪のシナリオが最後に待っていた。

「世界野球プレミア12」の決勝進出を懸けた日韓戦は、侍ジャパンにとって理想の展開で進んでいた。下位打線のつながりから4回に3点のリードを奪い、先発の大谷翔平が7回被安打1の好投で無失点に抑える。8回に登板した則本昂大が3者凡退に仕留めた。
 だが、イニングまたぎで最終回のマウンドに上がると、無死満塁のピンチを招いて降板する。急遽リリーフした松井裕樹が押し出し四球でマウンドを降り、増井浩俊が逆転打を打たれて宿敵に屈したのだ。

「絶対に勝たなければいけない試合で負けた。非常に悔しい。その一言です」

 会見でそう語った小久保裕紀監督だが、不可解な継投策がいくつもあった。事前に描いていたプランを試合状況に合わせて変更できず、それが痛恨の逆転負けを招いた要因となった。

大谷の7回降板は妥当だったか?

 ひとつ目は、大谷の交代時期だ。序盤はフォークが抜けていたものの、150キロ台後半のストレートが威力を発揮して韓国打線を封じ込めていた。キャッチャーの嶋基宏がフォークを要求し続けたことで、4回からいつもの鋭さを取り戻していく。3回まで1球も投げなかったスライダーを4回から投げ始め、韓国打線を6回までノーヒットと翻弄(ほんろう)した。7回を投げ終わった時点で85球と、余力を残しているように見えた。

 だが、指揮官の見解は違った。

「大谷は7回でいっぱいいっぱいだったのが理由です。当然、代える予定でした。球数関係なくですね」

 8日の開幕戦で韓国相手に先発した大谷は当初、日本の決勝ラウンド進出が決まっていない場合、中6日で15日のベネズエラ戦に投げる予定だった。しかし、14日の米国戦で1次ラウンド突破を決めたことで、中10日でこの日の先発に回る。そうした日程を考慮し、小久保監督は6、7回からの継投策を描いていた。

「(大谷は)調整がめちゃくちゃ難しかったと思います。あんな(良い)ピッチングをしてくれて、それを(継投で)不意にしてしまって申し訳ないと思います」

 確かに調整の難しさはあっただろうが、この日の大谷ならもう少し投げられたのではないだろうか。85球での降板は、裏で球数制限について約束があるのではと勘ぐってしまうほどだった。それならば、決して悪い交代ではないが。

8回は好投した則本だったが…

 2番手として投入されたのが、今大会で小久保監督が最も信頼を置いている中継ぎの則本だ。

「今日は大谷が6回まで行ったときは、(則本を)2イニングないし3イニングくらいとは思っていたので。状態にもよると思いましたけど。球がちゃんと来ているか、どうか。大谷が7回まで行ったので、8、9回は(則本に)行かそうという話はしていました」

 8回の状態を見て、指揮官は最終回も続投を決断する。しかし普段は先発の則本にとって、負ければ終わりの一発勝負で最後を締めるのは骨の折れる仕事だった。

「どれだけ9回を締めるのが大変なのかを感じましたね。結果だけを見れば、守りに入ってしまった。後手後手のピッチングになってしまったのかと、いまは思いますね」

 東北楽天で普段からバッテリーを組む嶋は「いつもと調子は変わらなかった」と振り返ったうえで、こう分析している。
「(9回に)相手が代打で来て。その前に(7、8回裏の)チャンスで点が入らなくて、9回は悪い流れが出ましたね」

 7回に無死一、二塁、8回に1死一、二塁のチャンスを日本は逃していた。すると韓国は最終回、代打攻勢で無死一、二塁とし、1番チョン・グンウのレフト線へのタイムリー二塁打で1点を返す。則本が続く打者に2ストライクから死球をぶつけ、小久保監督は松井にスイッチした。

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著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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