中村剛が“解放”した中田の重圧 侍ジャパン新打線に稲葉コーチも手応え

田尻耕太郎

前日会見で明かした「4番・中村剛」

小久保監督の下では初めて4番を外れた中田。だが、4打数2安打1四球と結果を残した 【Getty Images】

 プレミア12を見据えた強化試合、プエルトリコとの2連戦の前日に行われた監督記者会見での一コマだ。

 小久保裕紀監督が初戦に先発出場するDHを含む10名の名前を挙げた。それはポジション順だった。「打順の並びについては、(前日)練習を見てから」。が、メディアは誰もが同じ事を気になっていた。思わず質問が飛んだ。

 4番は――??

 指揮官は「え、そんなに聞きたい? そんなに大事?」と苦笑い。ただ、それ以前に「中田(翔・北海道日本ハム)か中村(剛也・埼玉西武)」と明言しており、観念して「明日(5日の初戦)は中村で行きます」と言葉を継いだのだった。

結果を残せなかった中田

 小久保ジャパン誕生から丸2年。これまで4番を務めてきたのは中田ただ1人だった。2013年、最初の台湾遠征の前には「ドカッと中心に座ってもらいたい選手」と期待の言葉を寄せている。しかし、小久保ジャパンが戦った過去12試合での中田の打撃成績は「日本の4番」にふさわしいとは言えないものだった。

 48打数7安打、打率1割4分6厘、本塁打1、打点3。

 今回の代表チームには大阪桐蔭高の先輩でもある中村剛が、意外にも国際大会では初のトップ代表入りを果たしたことで、<4番争い>は注目の的となった。

「意識? 全然ないです。スイマセン(笑)。決められたところでやるだけ」(中村剛)
「こだわりはない。何番でもチームに貢献できればいい」(中田)

 2人ともメディアに本音をぺらぺら喋るタイプではない。両選手の練習を見守った小久保監督は「しばらく試合間隔が空いていたけど状態はイイ。特に中田はシーズン中よりいい動きをしているんじゃないか」と声を弾ませた。

※リンク先は外部サイトの場合があります

1/2ページ

著者プロフィール

 1978年8月18日生まれ。熊本県出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。2002年卒業と同時に、オフィシャル球団誌『月刊ホークス』の編集記者に。2004年8月独立。その後もホークスを中心に九州・福岡を拠点に活動し、『週刊ベースボール』(ベースボールマガジン社)『週刊現代』(講談社)『スポルティーバ』(集英社)などのメディア媒体に寄稿するほか、福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルメディアともライター契約している。2011年に川崎宗則選手のホークス時代の軌跡をつづった『チェ スト〜Kawasaki Style Best』を出版。また、毎年1月には多くのプロ野球選手、ソフトボールの上野由岐子投手、格闘家、ゴルファーらが参加する自主トレのサポートをライフワークで行っている。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント