アジア諸国に脅かされる日本の優位性 Jリーグ国際部に聞く海外戦略<後編>

宇都宮徹壱

海外に行きたがらない日本人指導者

岡田武史さん(中央)が杭州緑城の監督になって以降、日本人指導者の海外進出が増えてはいるが…… 【写真:アフロ】

──その話でいくと、元日本代表監督の岡田武史さんが杭州緑城の監督になって以降、ようやく日本人指導者の海外進出が始まったように感じます。今季のタイリーグでは、確か7人くらいの日本人監督がいたと思うんですが、S級ライセンス保持者が400人くらいいることを考えると、もっと出てきてもいいように思うんですよね。

山下 日本人の指導者の問題点だと思うのは、国内に向いてしまって視野が広がっていかないこと、それから「言葉ができないから海外で指導なんて無理」と思ってしまっている人がけっこう多いように見受けられることです。

──これは国際部とは直接関係ない話ですけど、S級ライセンスの試験にも問題があるんじゃないんでしょうか。

小山 英語はぜひ入れた方がいいですね。

山下 というより、逆にいうと英語で教えることをベースにした方がいいかもしれないですね。実際、日本人の指導者ニーズはすごくあるんですよ。ただ言葉ができないことで行きたがらない傾向がみられる。もったいない話だと思います。

小山 たとえば、あるASEANの代表監督を日本人にしたいという相談を受けたことがあるんですけれど、「やっぱり英語できる指導者いないよね?」って向こうに言われてしまって(苦笑)。本当にもったいないと思います。

──タイ・プレミアリーグのナコンラチャシマで監督をされている神戸清雄さんという指導者がいらっしゃいます。もともとはジェフユナイテッド千葉でコーチをされていた方ですが、協会の仕事でグアムや北マリアナ諸島の代表監督もされていて、その時に英語を現場で身につけたというお話をご本人からうかがったことがあります。

山下 ナコンラチャシマって観客動員も2位くらいの大人気クラブで、神戸さんは向こうでは今、カリスマ監督ですよね。

──そのようですね。ですから、ちょっとした勇気をもって乗り込んでいけば、言葉にしても文化の違いにしても、当人の努力とやる気で乗り越えられるんじゃないかと思います。

山下 実は今年から、国際交流基金から分担金をサポートいただいて、クラブの指導者を短期間ASEAN諸国に派遣するというのを始めるんですね。いきなり海外というのも、その間にキャリアパスが途切れるリスクがある。ですので、国内のクラブの仕事をしながら、たとえば3日間カンボジアで指導するとか。それで渡航費、宿泊費、現地移動費、通訳費全部こちらでつけますと。言葉の心配はしなくていいから、まずは海外で教えるという経験をしてもらうということをやろうとしています。

小山 そうすることが、日本の指導者の輸出にもつながりますし、逆にASEANで優秀な選手のスカウティング網も構築できて、彼らがJリーグでプレーするチャンスもまた増えてくると考えています。

──そうやって考えると、国際部の仕事って本当に多岐にわたりますね。

山下 本当に、いろいろなことをやっていますね(笑)。ビジネス面もやらなければならないし、将来の投資という部分も考えなければならない。だからといって、日本だけが独り勝ちすればいいというものでもない。周りの国とともに成長するというのがキーワードですので、そこは常にしっかり意識しています。

国際部はどういう存在であるべきか

アジアのナンバーワンリーグの先に、環太平洋のサッカー経済圏設立を見据える山下さん 【宇都宮徹壱】

──では、そろそろまとめに入ろうと思うのですが。

山下 すみません、あとひとつだけいいですか? 実はつい昨日(9月24日)、衝撃的なニュースがあったんです。先ほどゴシアカップの名前を出しましたが、この大会は参加チームが1700チーム、選手数が4万人くらいの世界最大の国際ユースカップで、地元への経済効果というのも非常に大きなものなのです。こういう大会を将来、日本でやりたいなと思って、現地に視察にいって向こうのトップにも話を聞いてきたんです。そしたら昨日「ゴシアカップ・イン・チャイナ」が発表されまして。

──やられましたか!

山下 やられましたね。瀋陽市内の大学を開放して2万人が宿泊できるようにして、46面のピッチで試合を行って、開会式と決勝は6万人収容のスタジアムを使って、第1回大会は20カ国から800チームの参加を目指すそうです。

小山 金とインフラはあるので、中国では今後もそういうのが増えてきますよね。

山下 正直、アジア以外では日本と中国との違いを分かっていない人たちばかりだから、こういう大会ができて、しかも中国政府が飛行機代も出すなんてことになったら、マーケティングを兼ねてレアル・マドリーやバルセロナなんかのユースも参加するでしょうね。

──今回の取材では「国際部とはなんぞや」の話からスタートしましたが、気がつけば日本サッカーにとって危機感を募らせる内容になってしまいました(苦笑)。それを踏まえて今後、国際部はどういう存在であるべきか。最後におひとりずつ語っていただけますでしょうか。まずは遠藤さんから。

遠藤 そうですね。最近、他国のリーグや他競技について重点的に調べているんですけれど、やっぱりJリーグは国内に向けても国外に向けても、発信が弱いなということを強く感じます。一例ですけれど、MLB(メジャーリーグベースボール)でもブンデスリーガでも、ライブデータというものを積極的に出していて、さらに動画も駆使しながらどの国の人たちでも楽しめるような工夫がされているんですよね。Jリーグでもデータの活用が始まったばかりですが、もっと発信していって、より見てもらうための努力をしていく必要があると思います。

小山 アジアの育成部分の話ですと、ただ脅威として感じるだけでなく、彼らをマーケティング的にも取り込んでいって、Jリーグがアジアの若いタレントが目指すべきリーグになることが重要なのではないかと考えます。つまりJリーグが「アジアのプレミアリーグ」になることを目指していくべきではないかと僕は思っています。

──なるほど。最後に山下さん、お願いします。

山下 今、遠藤や小山が言ったように、アジアの中のナンバーワンリーグになって、アジアの人たちが見たいリーグ、アジアのお金が集まるリーグというのはもちろん目指していきますけれど、その先のことも見据える必要があると思います。サッカーを地球レベルで考えると、やはりヨーロッパの存在感が絶大なわけで、そことどう向き合っていくかということですね。去年、米国のMLS(メジャーリーグサッカー)やオーストラリアのAリーグを視察して思ったのが、環太平洋のサッカー経済圏というものを打ち出せないかと。それができれば、ヨーロッパや南米だけではない、第3極が生まれるんじゃないかと考えています。

──つまりTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)のサッカー版みたいな感じですね。もし近い将来、そういったものができたら、どんなことが起こるのでしょうか?

山下 例えば、今までヨーロッパ主導で決まっていたサッカーのカレンダーに対して、われわれの立場から発言できるようになりますよね。逆に発言できないと、マーケティングの価値を高めていくことはできないと思います。いずれにせよ、われわれが国際部となったからには、アジアのその先にあるビジネスモデルも考えながらやっていく必要性というものを強く感じています。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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