アジア諸国に脅かされる日本の優位性 Jリーグ国際部に聞く海外戦略<後編>

宇都宮徹壱

後編は、Jリーグ国際部の方々にASEAN諸国や中国の選手育成について語っていただいた 【宇都宮徹壱】

 今年4月にJリーグに新たに設置された国際部について、リーダーの山下修作さん、そして遠藤渉さんと小山恵さんの3人にお話をうかがう、その後半部分をお届けする。今回は、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国における選手育成の変化や、政府がサッカー改革に本腰を入れている中国の現状など、前編以上に非常に気になる話が満載となっている。

 思えばJリーグが開幕してからの20年は、すなわちヨーロッパの先進国の背中を追い続けてきた20年であった。その見据える先は今後も変わらないとは思うのだが、一方で、かつてはJリーグを「アジア・サッカーのトップランナー」として仰ぎ見ていた国々が、最近ではひたひたと日本の背中に迫りつつある。その現実を、われわれはしっかり認識する必要があるだろう。

 今回、国際部の皆さんが語ってくれたことは、普段のニュースでは埋もれがちなものが少なくない。が、アジアにおける日本の優位性が脅かされているという意味で、いずれも看過できない「ヤバイ話」ばかりである。心して読んでいただきたい。(取材日:2015年9月25日)

育成で成果を出し始めたASEAN諸国

ベトナムには地元の財閥企業がアーセナルと提携して作った「アーセナル・ジャライ・アカデミー」がある 【提供:小山恵】

──アジア戦略室から国際部に組織が変わり、それまでのビジネス的な交流に加えて、より各国のサッカーの動向についてのリサーチにも重点が置かれるようになったように感じられます。とりわけ最近のアジア各国での選手育成の取り組みは非常に気になるところですので、後半はそのあたりのお話から始めたいと思います。まずは小山さん、ベトナムの事例からお願いします。

小山 ASEAN、それから中国もそうですけれど、基本的に自国の富裕層が自腹でアカデミーを作り出してバンバン良い選手を育てている傾向が見られますね。ベトナムには、ホーチミンから(飛行機で)1時間半ほどのジャライ省に「ホアンアイン・ジャライ」というクラブがあり、地元の財閥企業がアーセナルと提携して作った「アーセナル・ジャライ・アカデミー」というアカデミー組織があります。先日そこを視察してきました。もともとトップチームを持っていましたが、アカデミーの1期生がようやく19歳になったので、メンバーほぼ全員を自前で育てた選手に切り替えてVリーグで戦っています。

──それはすごい話ですね。

小山 そうなんです。しかも去年、日本が苦戦したベトナムのU−19代表にも、そこのアカデミー出身者がかなり含まれていて、向こうでは「黄金世代」のような期待を受けているんですね。

──実際にアカデミーを視察されてみて、どんな発見がありましたか?

小山 サッカーのトレーニングだけでなく、勉強、とくに語学の部分に力を入れているところですね。全寮制で学校もそこにあるんですが、週に5回の英語とフランス語の授業があって、みんな英語が話せるんです。それはつまり、将来的に選手を海外に輩出していきたい、という会長のビジョンがあります。

 また最終的には選手を売り出してビジネスにしたいという思いもあるようです。そうなるとベトナムの選手がいきなり欧州は難しいので、まずはJリーグに送りませんか、というアプローチをしています。黄金世代と呼ばれ国民の期待を一身に集めている彼らがJリーグでプレーすれば、ベトナム中の注目を集めることができます。実際、“ベトナムのメッシ”と呼ばれている超人気選手がいて、今はあるJ2クラブが獲得に動いていたりもします。

──以前、レ・コン・ビンがコンサドーレ札幌に移籍して話題になりました。若い黄金世代の選手が来るとなると、また注目度も違ってきますよね。問題は、どれくらいの移籍金がかかるかですが。

小山 アカデミーとしては、そこではお金を儲けるというよりも、日本の良い環境でやらせたいという感じでしたね。

──ベトナム以外でも、そういった育成に力を入れている国は増えているんでしょうか?

遠藤 マレーシアのフレンツ・ユナイテッド、あとはタイのチョンブリですかね。

山下 フレンツは、クアラルンプールから1時間半くらい走った山奥に、やっぱり全寮制のアカデミーを作っていて、トップチームはないんですけれど、マレーシア人とインドネシア人とイラン人の少年たちを徹底的に鍛えていましたね。タイのチョンブリは、静岡の御殿場グラウンドで行われたJリーグU−16チャレンジリーグに初参加したのですが、FC東京や湘南ベルマーレを破って優勝しています。日本の指導者の間でも、タイの育成に対する認識がかなり変わりましたね。

──チョンブリは、JFL時代のガイナーレ鳥取で監督をしていたヴィタヤ・ラオハクルさんが育成部門を統括していますよね。ある記事を呼んだら「自分の育成メソッドを全国レベルでやっていけば、そのうち日本を追い越せる」と豪語していました。

小山 たぶん、もう日本を見ていないかもしれないですね。

山下 彼らは本気で、ワールドカップ(W杯)出場を目指していますよ。

アジアで苦戦するJユース勢

広州恒大をはじめ、中国では潤沢な財源をもとにインフラ整備が次々と行われている 【宇都宮徹壱】

──遠藤さんは育成の現場で、アジア勢の伸長というものを実感することってありますか?

遠藤 実は「アジアチャンピオンズトロフィー」というACL(AFCチャンピオンズリーグ)のユース版のような大会がありまして、東南アジアを中心に8チームがホーム&アウェーで対戦しています。日本からは鹿島アントラーズユースが参加しているのですが、どの試合もけっこう接戦なんですよね(※編注:鹿島ユースはグループステージを首位で突破し、準決勝に進出)。特にベトナムのPVFというクラブは、トップチームはないのですが、鹿島と変わらないくらい選手の質が高かったです。やっぱりベトナムの大富豪がオーナーのクラブで、全寮制の施設でサッカーや勉強をやっています。

小山 今年、ガンバ大阪のU−13がベトナム遠征でPVFと何試合かしましたが、合計で20点くらい取られたと聞いています。ガンバ大阪は何点かしか取れなくて、ボコボコにされて帰国していました。それとJリーグ選抜のU−14もPVFと対戦しました。けど、相手は半数くらい代表に取られて実質2軍だったのですが、0−3で敗れています。そういうことが今、アジアではリアルに起こっているんですよね。

──そういう話って、あまり知られていませんよね。

山下 それがアジアでの日本の立ち位置です。勝手に強いと思っているのは日本だけです。僕らは相当に危機感を持っていますね。

──ここ数年でアジア各国が急速に育成に力を入れて、それが底上げになっている要因というのは何なのでしょうか?

山下 ここ5年から10年の間で経済が伸びてきて、財を成した人が育成に投資するようになったということです。トップチームに投資する人もいますけど、彼らは日本が育成で強くなったことを知っていますから。それにもしASEANで最初にW杯に出場させることができれば、自分たちの名誉にもなりますし。

──それはASEANだけでなく、中国やカタールにも言えることですよね。

山下 そうですね。中国は広州恒大が有名になりましたけれど、3000人も生徒がいるアカデミーがありますし、カタールにも「アスパイア・アカデミー」というとんでもなく近代的な施設があります。中国の場合、習近平国家主席がサッカーを国策とすることを宣言してから、一気にグラウンドやスクールが各地にできましたから。

小山 中国の場合、自治体の財源が豊富なんですね。ですからサッカー協会やリーグが主導ではなくて、各省の自治体が各々で箱物のトレーニングセンターなどを造っていって、富裕層もそれら自治体の取り組みにどんどん投資しています。ただし箱は作るものの、育成のノウハウを含め、ソフトの部分がまだ足りていないな、というのが率直な印象です。

──それは私も以前、中国を取材してみて感じました。あの膨大な土地と人口に対して、指導者が数でも質でもついていけていないんですよね。

小山 そうなんです。「指導者はどうするのだろう」となったときに、優秀な指導者がたくさんいる状況ではない。そこで今、欧州からどんどん指導者を輸入しているわけですが、中には怪しげな人もいるわけで(笑)。そうして考えると、日本のJクラブや指導者にもすごくビジネスチャンスはあると思うんですよね。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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