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紫雷美央が笑顔で引退 結婚も電撃発表
1日3試合で「悔いはない」と完全燃焼
8年半に及ぶプロレスラー人生に終止符を打った紫雷美央。セレモニーでは結婚を電撃発表
8年半に及ぶプロレスラー人生に終止符を打った紫雷美央。セレモニーでは結婚を電撃発表【前島康人】

 紫雷美央が所属する4団体合同興行「M.I.O」の第5回興行「さよならみんなのお姉ちゃん〜紫雷美央引退興行」が20日、東京・後楽園ホールで開催され、超満員となる1724人を動員。美央は1日3試合をこなし、「疲れた。やりきった。悔いはない」と完全燃焼すると、同時に結婚も発表した。

桜花のムチ、尾崎のチェーンに悶絶

美央は桜花のムチ、尾崎のチェーン攻撃にも耐え1日3試合の奮闘
美央は桜花のムチ、尾崎のチェーン攻撃にも耐え1日3試合の奮闘【前島康人】

 美央は妹のイオと共に「紫雷姉妹」として07年にデビュー。男女の垣根を超えてさまざまな団体で活躍し、昨年1月にはこれまでフリー参戦していたユニオンプロレス、OZアカデミー、アイスリボンの4団体と所属契約を結んだ。だが、今年2月に妹イオとの一騎打ちを終えた直後に、首のケガを理由に、今大会での引退を表明していた。


 最後のプロレスを味わい尽くすべく、美央は3試合に出場。まずは最後のタッグマッチとして、希月あおいと組んで、桜花由美&尾崎魔弓組と対戦した。試合前に桜花から「メインのリングに立てないぐらいボコボコにしてやる」と予告された通り、桜花のムチ、尾崎のチェーン、さらにはセコンドのポリスや西尾美香までもが乱入し、容赦なく痛めつけられるも、桜花のキック誤爆のスキをついて尾崎を土蜘蛛でフォール。白星スタートを飾る。

旧友イサミに食らいついていくも…

最後のシングルマッチはインディー界のトップを走る旧友の木高イサミ
最後のシングルマッチはインディー界のトップを走る旧友の木高イサミ【前島康人】

 次は、最後のシングルマッチとして、デビュー当時からの旧友である木高イサミと一騎打ち。開始早々、イサミのお株を奪うスライディングキックで観客をあおると、その後も女郎蜘蛛、ミサイルキック、雪崩式ブレーンバスターなどで食らいついていく。だが、インディー界のトップを走るイサミの壁は厚く、勇脚・斬に撃沈した。

妹イオも私服姿で加わりラストファイト

引退セレモニーには母、妹のイオら仲間がかけつけ祝福
引退セレモニーには母、妹のイオら仲間がかけつけ祝福【前島康人】

 引退試合となるメインイベントでは、「紫雷美央プロレスをクローズマッチ」と題し、美央が藤本つかさ、大畠美咲とのユニット・クローズとして、長浜浩江&つくし&世羅りさ組と対戦した。

 女子プロレス界の未来を担うホープたちに対し、美央は開始早々、誘導灯を振り回してプロの洗礼を浴びせると、その後もクローズペースが続くが、美央へのトレイン攻撃を皮切りに、本日の出場選手たちが次々とリングに乱入し、美央に最後のアタック。妹のイオも私服姿で加わり、側転エルボーをぶちかました後、ガッチリと抱き合った。さらには、味方であるはずの大畠、藤本までもが美央に襲い掛かり、相手チームをアシストすると、最後はつくしが「今までありがとう!」と叫びながらのタイガースープレックスでフィニッシュ。美央の8年半に及ぶプロレスラー人生に終止符が打たれた。

8年半に及ぶプロレスラー人生に終止符

仲間たちに肩車され笑顔でリングに別れ
仲間たちに肩車され笑顔でリングに別れ【前島康人】

「紫雷美央、8年半走り切りました。疲れた。体もボロボロだ。やりきった。悔いはねぇ! 皆さん、ありがとうございました」と、笑顔でリングに別れを告げた美央は、10カウントゴング、最後のコールを受けると、最後の最後に「結婚します!」と爆弾発言。薬指に指輪をはめ、「これからはいい嫁さんになるよう頑張ります。私の将来のことは心配しないでください」と呆気に取られるファンにメッセージを送り、肩車で花道を退場した。

「スッキリした。首が悪く、迷惑をかけたくない思いがあった。これ以上続けて事故を起こしたくなかった」と、改めてプロレスへの未練を断ち切った美央は、肝心の結婚相手については「言わない」と完全黙秘。来月中には入籍を予定しており、「ファンはこれを聞いて嫌な思いをしたかもしれないけど、私にとって皆は長い時間を過ごした親戚みたいなもの。嫁のもらい手があったんだと安心してほしい」と、あえて報告という道を選んだ心中を明かした上で、左手薬指に輝く「第二のリング」と共に歩む未来に夢をはせた。

高木裕美
静岡県沼津市出身。埼玉大学教養学部卒業後、新聞社に勤務し、プロレス&格闘技を担当。退社後、フリーライターとなる。スポーツナビではメジャーからインディー、デスマッチからお笑いまで幅広くプロレス団体を取材し、 年間で約100大会を観戦している 。最も深く影響を受けたのは、 1990年代の全日本プロレスの四天王プロレス。