村田諒太、世界ミドル級王座への想い=「自分がやりたいからやる」

船橋真二郎

五輪金メダリストから華々しいプロデビューを飾り、プロ7戦を経験してきた村田諒太。今までを振り返ってもらうとともに、世界ミドル級王座という“頂”を目指す現在の心境を聞いた 【スポーツナビ】

 2013年8月25日の華々しいプロデビューから2年が過ぎた。今年5月1日には、東京・大田区総合体育館でWBO世界ミドル級14位のダグラス・ダミアノ・アタイデ(ブラジル)に5回TKO勝ち。7戦目で迎えた初の世界ランカー対決に快勝し、村田諒太(帝拳)はプロとして、また一段ステップを上がった。次はいよいよ本場アメリカのリングへ――。

 だが、7月中旬、村田は練習中に右肩を負傷。フロイド・メイウェザー(アメリカ)vs.アンドレ・ベルト(アメリカ)が挙行される前日の9月11日(現地時間)、同じラスベガスでアメリカ進出初戦が内定していたが、これは流れてしまった。それでも「全部、いい方向に考えないとやってられないですから」と村田は落胆することなく、前だけを見つめている。

 仕切り直しの一戦は11月を目処に調整中。WBC世界スーパーフェザー級王者・三浦隆司(帝拳)の5度目の防衛戦が11月21日(現地時間)のラスベガス、ミゲル・コット(プエルトリコ)、サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)の両スター選手が激突するビッグイベントに組み込まれることが正式に発表された9月11日、村田は同門の三浦、元2階級制覇王者の粟生隆寛、前日本ライトフライ級王者の木村悠とともに成田キャンプに出発。19日まで徹底的に走り込み、次戦に向けた土台づくりを敢行している。

 村田が新たな舞台に向かって、再び歩み始める前日の9月10日、都内某所で、プロとしてのこれまで、これからについて話を聞いた。

7月の怪我もいい方向に考えている

7月中旬に負傷した右肩の状態も現時点では8割がた回復しているという 【スポーツナビ】

――7月中旬に負傷した右肩の状態はいかがですか?

 もうスパーリングもしてますし、状態としては8割方いいですね。

――オーバーワークが原因と聞きましたが。

 オーバーワークはもちろんですけど、体の使い方も良くなかったと思うので。結局、痛みというのは体からの知らせなんでね。良くなるきっかけでもあるので、ありがたいなと思ってます。

――そのきっかけを得て、またトレーニングに還元していくと。

 そうですね。基本的にはそれでいいと思ってます。

――普段のトレーニングについてお聞きしたいのですが、ロードワーク、ジムワーク、フィジカルトレーニングの3つが大きな柱になると思います。標準的な1日のスケジュールを教えていただけますか?

 朝は7時か7時半に起きて、それから走ります。ストレングスがあるときは走らずに9時、10時からスタートして、その後に午後1時、2時ごろからジムワークですね。

――そのストレングス・トレーニングでは、今は何をテーマに取り組んでいるのでしょうか?

 たとえば、カールとか、ベンチプレスとか、みなさんが思ってるようなガツガツしたやり方ではやってません。結局、ボクシングの動きに通じないと意味がないので。ボクシングの重心だったり、腕の可動範囲だったり、ボクシングの動きを意識した、ボクシングの動きを阻害しないトレーニングのやり方を室伏広治さん(現・東京医科歯科大学スポーツサイエンス機構・教授)に教えていただいていて、すごく面白いやり方でやってますね。

――となると、そのトレーニングの成果を今度はジムワークの中で自分の動きに効果的に取り込んでいけそうですね。

 そうですね。

――さて、怪我で残念ながらアメリカでの試合が流れてしまいましたが……。

 いや、残念ではないんですよ。むしろ怪我してからのほうがボクシングは良くなってるし、インターバルをもらえて良かったなという感じですね。

――体からのサインを受け取った上で、今はいい方向に向かっていると。

 すべていい方向に考えるようにしています。

世界ランカーをKOできた事実が大事

ことし5月のプロ7戦目ではWBO世界ミドル級14位のダグラス・ダミアノ・アタイデで5回TKO勝ち 【中原義史】

――では、5月の試合について振り返っていただきたいのですが、初の世界ランカー、ブラジルのアタイデ選手に対し、5回に右で鮮やかに2度倒す快心のKO勝ちでした。

 世界ランカーとの試合は自分に課された課題というか、そこまで動きが良かったとは思わないですけど、結果としてKOできたことは大きかったです。アタイデも(ホルヘ・)ヘイランド(アルゼンチン)という、今のWBC2位とやって、勝っていた試合を途中で不可解な失格にされて負けたのが、唯一の負けという選手だったので、みなさんが思うほど、弱い選手ではなかったですし。まあ、僕はKOしても、どんな相手と戦っても、チャンピオンにならない限りは何かを言われてしまう立場なんでね。周りからいろいろな声が聞こえてきますが、僕としては彼をKOできたという事実が一番大事でした。

――特に印象的だったのは試合終了直後のリング上でガッツポーズを決めて、雄叫びを上げ、その後も何度も右腕の力こぶを誇示して見せていたことです。少なくともプロでは、あそこまで感情を露わにしたところを今まで見たことがありません。あのときの気持ちは?

 まあ、周りは何とでも言っとけと言いながらも、周りを気にしてる自分がいるんでしょうね(笑)。「見たか、倒したぞ」ということでしょうね。

――素の村田選手の表情を見た思いがして、すごく良かったですが(笑)。

 今まで、ちょっと演技しすぎてましたかね? いやいや、それも含めて全部が僕ですから。

――殴る感覚を思い出した、久々の感触で気持ち良かったとも、おっしゃってました。

 あの試合は倒さなきゃという気持ちが強くて、狙って動きが硬くなっているところもあって。次は、それが抜けるわけじゃないですか? 殴って倒した事実が自分の中に残るので。ただ、これで次の試合、その次の試合が良くなければ、あの試合がきっかけで、ということすらなくなるので何とも言えません。結果が全てですからね。

――先ほど、「見たか」という思いが出たとおっしゃってましたが、その前までアドリアン・ルナ(メキシコ)戦、ジェシー・ニックロウ(アメリカ)戦と、2試合判定が続いていたことに対する気持ちもありましたか?

 まあ、正直ありましたね。でも、いいキャリアだったと思ってますし、そう思って僕はやっています。

――ルナ戦で初めて判定で終わってから、村田選手がおっしゃっていたことで覚えているのが、一般のおばさんから「この前の試合は引き分けだったけど、次は頑張ってね」と言われた、「判定=引き分け」と思ってるらしい、と。

 言われました。多分、僕がフィギュアスケートを見て、コケたら失格と思ってしまうのと一緒でしょうね。ボクシングの認知度、認識がその程度の方が多いということでしょうし、わかりやすく、みなさんにボクシングを知らしめようとするなら、倒す以外にないんでしょうね。

――ただ、普段はボクシングを見られない方にも村田選手は注目されている、ということでもあると思いますが。

 そう言われたら、そうですね。そういう捉え方はしてなかったですね。ボクシングを知らん人でも見てくれてると思うと、ありがたいですね。

――さまざまな層のいろいろな声が直接、間接に耳に届くと思います。ただ、今は目標に向かっている道の途中で、まず勝つことが大前提としてあって、その中でテーマや課題を持って試合に臨んで成長につなげなければならない、その上で期待に応えないといけない。難しい時期だと思います。

 全部、結果だと思うんでね。チャンピオンになったら、あの時期はこうだった、ああだったと肯定されますし。ならなかったら、あいつはそんなもんだったと言われるだけのことです。自分にはどうしようもない他人の評価に悩んだって、無意味じゃないですか? 自分ができることをやっていくしかないし、そこに自分が見てるものがあるんだから、それでいいんだと思っています。僕は自分が歩いてきたキャリアをすべて肯定している人間なんで。そうじゃないと自分を否定することになっちゃうんでね。

小さい頃から特別な人間と勘違い!?

小さい頃から自分は根拠もなく強いと思って生きてきて、現在も自分は特別な人間なんだと勘違いしていると笑い飛ばす 【スポーツナビ】

――プロ転向から2年が過ぎました。アマチュアとプロは同じボクシングでも競技が違うとも言われますけど、プロに適応して、進化してきた2年だったと思います。振り返ってみていかがですか?

 いや、良かったなと思いますよ。アメリカのボクシングのやり方を学んだり、いろんな経験をさせてもらったことで自分の中で良し悪しをつけられるようになったのが大きいです。経験しないと良し悪しはつけられないと思うので。

――プロに適応していく過程で難しかったことはありますか?

 うーん。結局、そのプロに適応しないといけないと思ってしまっていた部分ですよね。もともと自分は自分のスタイルを持ってて、それで金メダルも取ってるんだから、それでいいはずなのに。プロはと思うことで、何と言うか、自分を下に見ていたところがあって。これまでやってきたスタイルがあるんだから、そこにプラスアルファで、枝をつけたり、葉をつけたり、花をつけたり、すればいいだけなんだと気付かされました。プロだからスタイルを変えて、というのはちょっと違うのかなと今は思ってます。

――まず、自分のベースを大事にすると。

 それで金メダルを取った自分があるんだから、それをもっと信じてあげればいいのに、なかなか信じられなかったのは不思議なもんですよね。

――村田選手は常に世界ランキングに入っている以上、いつ挑戦の話が来てもおかしくない、いつでもいける準備をしておかないといけないとおっしゃっています。ここまで世界を基準にして、プロで自分と向き合ってきて、その中で見えてきた自分の良さ、ここを生かして勝負するというのはありますか?

 どうだろう? それもこれから変わってくると思うし、そのときの相手にもよるので、そのときに決めればいいかなというのもありますし。この柔軟性もいいところだと思いますし(笑)。勘違いしてますから。

――勘違い?

 自分は特別なんだと。何かできる人間だと思ってますから。その勘違いで勝負しようかな、と(笑)。ダメと思ったら、ダメじゃないですか?

――やはり、48年間、日本人ボクサーが誰も成しえなかったオリンピックで金メダルを取った成功体験は大きいですか?

 大きいですし、小さい頃から自分は根拠もなく強いと思って生きてきたきらいがあるんで。

――そのきらいを持ってアメリカに行くと(笑)。

 次は確実にアメリカだと言われてますし、世界がどうとかと考えるのもここ最近ですね。やっと近づいてきてるんだなと。

ミドル級では抜けているゴロフキン

現在ミドル級で抜けている存在と村田にも言わしめるWBA“スーパー”、WBC暫定王者ゲンナディ・ゴロフキン。33戦33勝、30KOで4団体ある同級のベルトを束ねつつある 【写真:Action Images/アフロ】

――その目指すところの世界ミドル級戦線をどのようにご覧になっているのかをお聞きしたいのですが。ミドル級では10月、11月とビッグマッチが続きます。まず、10月17日(現地時間)、WBA“スーパー”、WBC暫定王者で14連続KO防衛中のゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)と、IBF王者で無類のパワーヒッターのデビッド・レミュー(カナダ)の統一戦という理屈抜きに面白いカードがありますね。

 面白いでしょうね。GGG(ゴロフキンの愛称)でも、レミューでも、別にいいけどな。強いけど。

――試合の予想としてはいかがですか?

 GGGじゃないですか? レミューのパンチはもらわないんじゃないかと思うんですよね。でも、僕がレミュー陣営なら、ボディを狙えと言いますよ。ゴロフキンは結構ボディは強くないでしょ? マーティン・マレー(イギリス)との試合でも、この前のウィリー・モンローJr(アメリカ)との試合でも、ボディをもらって、嫌だなという表情を見せたから。意外と弱点はそこにあるかなと思って。でも、それを含めても、どう見てもゴロフキン優位ですね。

――ただ、レミューも一発当たればという期待感がある。

 レミューは一発があるし、前に出ている限りはチャンスがあるでしょうね。逆に言うと下がらされたらレミューに勝ち目はないですよ。だから、ゴロフキンだったら下がらせるでしょうね。

――11月21日(現地時間)にはWBC王者で4階級制覇のミゲル・コット(プエルトリコ)にメキシコの人気者、サウル“カネロ”アルバレスが1階級上げて挑戦します。

 カネロは相手が打ち合ってくれると強いんですけど、実は追い足がないですからね。アウトボクシングされて、どこまでついていけるか。

――コットは足を使ってきそう?

 最近のコットは足を使うのがうまいんでね。

――予想としてはどうですか?

 カネロですね。体のフレームが違うので、パワーで押し切るかなと。

――その他にも、WBOはアマチュアで世界選手権2度優勝のマット・コロボフ(ロシア)に勝ったサウスポーのアンディ・リー(アイルランド)、WBA“レギュラー”には骨肉腫を克服したダニエル・ジェイコブス(アメリカ)と粒ぞろいです。

 あれ? 暫定はいましたっけ?

――WBAの暫定王者はクリス・ユーバンクJr(イギリス)ですね。

 いっぱい、いすぎるな。チャンピオン。

――その中でもゴロフキンがベルトを束ねつつある状況ですが、やはり、今のミドル級では…

 抜けてますね、ゴロフキンが。

ゴロフキンとも時が来ればやる!

当初は世界王座が「義務」と言っていたこともあったが、現在は「自分がやりたいからやる」ときっぱり 【スポーツナビ】

――いずれ、そういうところに勝負を挑んで行くことになります。

 時が来れば、やりますよ。だって、ゴロフキンに勝てば自分の評価を一番上げてくれる存在ですから。逆に他のチャンピオンに勝っても、あいつはゴロフキンとやってないから本当のチャンピオンじゃねえとか、僕は言われるタイプじゃないですか?

――言われるタイプ?(笑)

 それを全部払拭したいなら、自分の手でやるしかないと思いますしね。話が来たら、やるしかない。それくらいの覚悟がないとできないでしょ。

――昨年の夏にはアメリカでゴロフキンと一緒にトレーニングして、その強さを肌で知っていると思います。

 強さも感じたけど、いろいろ見えるところもありました。まあ、こんなものかと思えなかったのは事実です。本当に強いと思いました。だけど、自信になった部分があったこともまた事実です。

――やはり、対戦相手として、そのときも見ていたのでしょうか?

 あのときはお兄ちゃんみたいな感じで見てましたね(笑)。すごく親しくしてくれて。フレンドリーだし。彼はカザフスタンだから、アマチュア時代は同じアジアで同じミドル級でやってたので、通じるものがありましたね。彼はオリンピックは銀(アテネ)で世界選手権は金、僕はその逆なので。そんな話をしたりとか。

――仲良くなると、いざ試合となったときにやりづらくはないですか?

 試合になれば、別ですからね。ただ、GGGも僕とやるよりは、もっとビッグファイトをやりたいと思ってるでしょうし。

――その前にアメリカの試合でアピールしないといけませんね。プロモーターだったり、テレビ関係者だったり、ファンだったり、日本よりもシビアな目が待っています。

 いいんじゃないですか? あまり気にしてないですし、それはあってくれてもいいですよ。むしろ、日本の会場みたいに野次が聞こえない分、あっちのほうがいいかもしれない(笑)。(3戦目の)マカオはやりやすかったし。

――これまでオリンピックの金メダリストとして、世界チャンピオンになるのは自分の義務とおっしゃってきました。

 今は義務だとは思ってないですね。義務というと、やらなきゃいけないこと、みたいな感じになりますけど、自分がやりたいことなんで。もう、この道に来た以上は、それを達成することが今の自分の人生の目標なんで。自分がやりたいから、やる。それだけですね。
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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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