ブラサカ日本代表が築き上げた夢の舞台 パラ出場ならずも、表現した自らの能力

江橋よしのり

レイヤーを重ねることで全体像を描く

イラン相手には無失点でしのいだが、ゴールを奪えずドロー。2試合で目標の勝ち点2には届かなかった 【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】

 続くイラン戦では、体格を生かした相手のパワフルな攻撃を、体を張って食い止めた。最後尾のポジションを務める田中章仁は、相手シュートの直撃を何度か食らったが、「それが自分の仕事です」と胸を張った。シュートコースに確実に体を入れて立ちふさがる判断力、空間把握能力は田中の武器だ。田中のポジショニングのうまさの秘訣を知りたくて、私は「さまざまな音や声を、どうしていっぺんに処理できるのですか?」と質問したことがある。ところがその答えは「いっぺんには無理ですよ」。田中がスーパーなアスリートだとはいえ、聖徳太子ではないということだ。

 田中はたくさんの音源の中から、必要なものを順番に探し出す。まず味方GKの声を聞いて、自分が今どこに立っているのかを把握するという。それから自分よりも前にいる味方選手の声を探して、彼らの立ち位置を細かく修正するよう指示を出す。日本の選手全員の立ち位置を正しい位置に収めて、相手の攻めて来る方向に向かって4人がかたまりになったまま対峙(たいじ)する。試合中、田中はよく「もっと下がれ!」「左右バランス!」などの指示を出しているが、彼はピッチ全体を全体のまま捉えているわけではなかった。田中は何層ものレイヤーを重ねることで全体像を頭に描く。これが彼の「見え方」なのだ。

 田中の活躍もあり、日本は強敵イランを無失点に抑え込んだが、やはり得点が取れず引き分けに終わった(0−0)。2戦目までの勝ち点は1。目標に届かず、パラリンピック出場は苦しくなった。それでも魚住監督は「他国も最後まで思いどおりに行くとは限らない。残り3試合、たくさん点を取って勝利を重ねたい」と巻き返しを誓った。

中国対イランは戦略的なドロー

黒田(右から2人目)の先制点もあり、韓国に勝利。望みはつないだが…… 【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】

 4日に行われた韓国戦では、日本待望の初得点、初勝利が生まれた。1点目はコーナーキックから黒田。ドリブルシュートで決めた。2点目は川村怜(りょう)の代表初得点だ。後半10分、GK佐藤大介からのロングスローが、川村の足元に向かって放たれる。観客は息を殺してボールの音を川村に聞かせる。地面にはずむたびにシャンシャンシャンと響くボールの音は、サンタクロースが乗ったそりを引くトナカイの鈴だ。プレゼントを足元にピタリと収めた川村は、体を鋭く反転させて足を振り抜き、勝負を決めた。

 第4戦、日本対インドが行われる直前の試合で、中国とイランが引き分けた(0−0)。両者は持ち味を出し合って引き分けたのではなく、「負けなければいい」という戦略のもと、互いに攻めを自重して時間を浪費した。イランを追いかける日本にとっては見たくない光景だった。この時点で、日本はインドとマレーシアに連勝しても、イランが最終日に韓国に勝てば、リオ行きの切符は得られない。

 結果、そのとおりになった。日本はインドに5−0、マレーシアに2−0と勝利したが、イランが韓国を4−0で下して、中国とともにパラリンピック出場を勝ち取った。日本は5試合を通じ、失点をわずか1にとどめたが、中国とイランは全試合無失点で予選を切り抜けた。そして最終日、順位決定戦で日本は再び韓国と対戦。0−0のままPK戦に突入し、1−2で敗れ4位に終わった。

社会に引いた一本の補助線

連日1000人近い観客が応援。こうした環境を築き上げたのは選手たち自身の努力に他ならない 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

「中国やイランから得点を取れるようにならなければ、世界で勝ちきることはできない」と、大会後選手たちは口をそろえた。エースの黒田は、ここ一番のチャンスを得点に結びつけられなかった自身のプレーに悔しさをにじませる。それでも黒田は「私がブラインドサッカーを始めた頃には、日本でこんなにたくさんの人に応援してもらえる環境で試合ができるなんて、夢にも思いませんでした」と、周囲の後押しに感謝した。彼らが夢のようだという舞台を築き上げたのは、彼ら自身だ。素晴らしいアスリートとしての能力を自ら表現したからこそ、連日1000人近い観客が彼らのプレーを見届けたのだ。

 また、日本ブラインドサッカー協会は代表チームの勝ち負けだけではなく、障がい者と健常者が混ざり合う社会の実現というビジョンを掲げて数々の事業を行っている。混ざり合う社会。ブラインドサッカーは、世の中という複雑な図形に引いた一本の補助線のようだ。中学や高校の数学のテストで出た図形の問題を思い出してほしい。一見、何の手がかりがないような問題も、たった一本の補助線を自分で引くだけで、その図形の見え方がガラリと変わったはずだ。「障がいのある人とどう接していいか分からない」と尻込みしてしまいそうな私たちの心にも、ブラインドサッカーという一本の補助線を引くことで、“できない”という思い込みを捨て、“できる”という現実を知る人は増えるはずだ。

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著者プロフィール

ライター、女子サッカー解説者、FIFA女子Players of the year投票ジャーナリスト。主な著作に『世界一のあきらめない心』(小学館)、『サッカーなら、どんな障がいも越えられる』(講談社)、『伝記 人見絹枝』(学研)、シリーズ小説『イナズマイレブン』『猫ピッチャー』(いずれも小学館)など。構成者として『佐々木則夫 なでしこ力』『澤穂希 夢をかなえる。』『安藤梢 KOZUEメソッド』も手がける。

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