魅力は「ジャイキリ」のみにあらず! 天皇杯漫遊記2015 金沢vs.今治

宇都宮徹壱

後半アディショナルタイムに訪れたクライマックス

再び同点にされて落ち込むチームメイトを鼓舞する山田。この人の投入で疲弊していた今治に活力が戻った 【宇都宮徹壱】

 終わってみれば、9本のゴールが飛び出したこの試合。さっそくゴールシーンを中心に振り返ることにしたい。小雨が降り続く、スリッピーなピッチコンディションでのキックオフ。序盤はホームの金沢がゲームを支配するが、先制したのは今治だった。前半12分、右サイドをドリブルで駆け上がった片岡爽から下村和真にパスが渡り、下村が相手DFラインの間隙を突くようにラストパス。これを左サイドから抜けだした桑島昴平が右足ダイレクトでネットを揺らす。この日の今治のサッカーは、「奪ったら素早く前へ」という意識を徹底させながら、正確なパス交換でゴール前にアプローチしている。結果がシビアに求められる四国リーグよりも、失うものがない天皇杯の方が、自分たちの魅力を引き出せるというのが興味深い。前半は今治のリードで終了する。

 ハーフタイム、金沢はいきなり2人の選手を代えてきた。と同時に、前半の4−4−2から、3−1−4−2にシステムを変更。実際にはCBの阿渡を最終ラインから切り離し、今治のセンターFW長尾善公にマンツーマンでマークを付けるようになる。長尾の動きを封じつつ、持ち前の前線からのプレッシングを取り戻した金沢は後半3分、途中出場の星野有亮の短いクロスに玉城峻吾が頭で押し込んで同点に追いつく。玉城は後半22分にも右足でゴールを決め、ついに逆転に成功。その後も試合のペースは金沢が握り続ける。対する今治は、後半35分に3人目のカードとして、ベテランの山田を投入。1点ビハインドでのCB同士の交代だったが、百戦錬磨のベテランがピッチに入ったことで、それまで息切れ気味だった今治に新たな活力が注入される。

 この試合のクライマックスは、後半のアディショナルタイムが「4分」と表示された直後であった。劣勢だった今治は45+1分、相手ボールをインターセプトした岡本剛史のスルーパスに、左SBの中野圭が飛び出して右足ワンタッチで流し込み、再び試合を2−2のイーブンに戻す。これで延長戦となり、さらに30分の猶予が与えられた今治。だが、2人目の交代で出場していた赤井秀一が負傷のためリタイアを余儀なくされ、以後は10人で戦うことを強いられる。それでも延長前半8分、今治は岡本が中盤からドリブル突破して右サイドにラストパス。これに、それまで相手の密着マークに苦しんでいた長尾が右足ダイレクトで蹴り込んで3−2。何という展開だろう!

 しかし、今治の反撃もここまでだった。延長前半15分+1分、微妙な判定で得たCKから、金沢は大槻優平のループ気味のゴールが決まり、再び同点としたのである。その後の後半15分は、嶺岸(PK)、茂木駿佑(目の覚めるようなミドルシュートだった)、そして田中パウロ淳一が立て続けにゴールを決める。今治の選手たちにとっては、まさに地獄に突き落とされたような時間帯。試合後、山田はこう語っている。

「(後半アディショナルタイムから)諦めずにプレーを続けて、10人で逆転できたのはすごかったと思うし、自信を持ってもいい。でも、そのリードを守れずに失点を重ねたのは、やっぱり恥ずかしいよね。それが僕らと彼らとの力の差なんだと思う」

金沢の「自作自演」と天皇杯ならではの「ドラマ」

試合後の会見に臨む金沢の森下監督。マンツーマンのシステムは「キャンプからやっていた」と明言 【宇都宮徹壱】

 120分間で金沢が31本、今治が11本のシュートを放ち、それぞれ6ゴールと3ゴールが飛び出した、この試合。今大会の1回戦で、当事者も第三者も、これほど興奮した試合内容は他にはなかったのではないか。その意味では、このカードを選んで本当に正解だったと思っている(テレビ観戦されていた方々も同じ思いだろう)。とはいえ、この試合の90分までは金沢の(というよりも森下監督の)「自作自演」のように見えたのも否定できないだろう。実際、試合の流れを変えたハーフタイムでのシステム変更について、森下監督はこう語っている。

「例えば今治さんのやり方が、バルセロナみたいに両ウイングが広がって、トップが少し下がって中盤に数的優位を作っていたとしますよね。そこにウチのCBが食いつけば、空いたスペースにカットインして入っていったり、サイドの裏を取られたりしてしまう。(そこで後半はCBの)阿渡を19番(長尾)に、どこまでもマンツーマンで付かせました。(ディフェンスラインが)3枚になれば(選手間に)スペースは生まれますし、実際に危ない場面もありました。それでも(相手の)ボールが入ってくるところやマークは、はっきりしていました。もっとも、これは今治さんがどうこうというよりも、今年のキャンプからやってきたことなんですけどね(笑)」

 この言葉の裏を読むと、最初は即席の4バックで対応できると思っていたが、裏を取られて先制されたので、もともとあったオプションを後半に行使して逆転することができた、とも解釈できよう。そのまま守り切ることができていれば、単なる「金沢の順当勝ち」に終わっていた。しかし後半アディショナルタイムから、今治は驚くべき底力を見せ、さらに延長戦に入ってからは1人少ない不利な状況にもかかわらず、一時的に逆転にも成功する。これこそが、格上・格下という常識を覆す天皇杯の「ドラマ」である。と同時に、延長後半で金沢が見せつけた「格の違い」というのもまた、いかにも天皇杯らしいゲームの終わり方であった。

 結局のところ、天皇杯の面白さというものは「ジャイアント・キリングだけではない」ということである。知力と体力と気力で実力差を埋めようとする格下チームに対し、いかに格上チームがそれらを凌駕するだけのサッカーを見せることができるか。そこに、この大会の奥深い魅力があるのだと思う。その事実を、あらためてピッチ上で表現してくれた金沢と今治には、心から「グッドゲームをありがとう」と申し上げたい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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