魅力は「ジャイキリ」のみにあらず! 天皇杯漫遊記2015 金沢vs.今治

宇都宮徹壱

まずは今大会の変更事項について

金沢の西部緑地でもらった今年の天皇杯パンフレット。『ジャイキリ』の達海監督が不敵な笑みを浮かべている 【宇都宮徹壱】

 今年も天皇杯の季節がやってきた。正式名称は『第95回天皇杯全日本サッカー選手権大会』。前回大会はアジアカップ(15年1月開催)との兼ね合いから、決勝は12月13日に開催されたが、今年は再び元日に戻されることとなった(会場は味の素スタジアム)。1回戦が行われるのは、8月29日と30日。ここから「元日・味スタ」に向けて、カテゴリーを超えた「サッカー日本一」を決する大会がスタートする。

 日程以外にも今大会はいくつかのレギュレーション変更があったので、ここで簡単におさらいしておくことにしたい。まず、高校やユースなどの第2種加盟登録チームの参加が今大会から不可となった(ユース年代の日程の過密化を避けるため)。またACL(AFCチャンピオンズリーグ)に出場する4チームは4回戦からのシード(今大会は、ガンバ大阪、浦和レッズ、FC東京、柏レイソル)。そしてJ2の22チーム、および湘南ベルマーレを除くJ2から昇格した2チーム(松本山雅FC、モンテディオ山形)はシードがなくなり、1回戦からの出場となった。

 運営に直接は関係ないが、大会のメインビジュアルがこれまでの武者絵から、人気サッカー漫画 『GIANT KILLING(ジャイアント・キリング)』の主人公、達海猛監督へと大きくリニューアルした。既存のサッカーコミックをメインビジュアルに据えるという判断は、話題性という意味ではとても良いアイデアだと思う。とはいえ個人的には、東京都リーグ3部のクラブが天皇杯優勝を目指す『フットボールネーション』の登場人物をフィーチャーしてもよかったのではないか、とも思っている(大会マスコットの『はにー&どぐー』も出てくるし)。

 おそらく主催者側としてはジャイアント・キリング、すなわち番狂わせという分かりやすいテーマを、カップ戦の醍醐味(だいごみ)として前面に押し出したいという意図があったのだろう。とはいえ天皇杯での番狂わせというものは、それほど頻繁に起こるものではないし、番狂わせだけがこの大会の魅力というわけでもない、というのが私の考えだ。早いもので、天皇杯の連載をスタートさせて今年で11年となる。今大会は代表戦とのバッティングが多く、取材の回数も限られたものとなるが、それでも折にふれて天皇杯という大会の魅力をお伝えできればと思う。

「格上」金沢と「格下」今治、それぞれの事情

今治に新加入した元日本代表の市川。「コンディションが整っていない」として、この日はベンチスタート 【宇都宮徹壱】

 さて今回、1回戦の取材に私が選んだのが、石川県西部緑地公園陸上競技場で30日16時より開催された、ツエーゲン金沢(J2)対FC今治(愛媛)である。金沢は現在J2の9位(第30節終了時点)ながら、一時は首位に立つなどJ2ルーキーイヤーとは思えない躍進ぶりで前半戦を盛り上げていた。対する今治は、カテゴリーが3つ下の四国リーグ首位(暫定)。今季からは元日本代表監督の岡田武史がオーナーを務めており、こちらも地域リーグ所属ながら何かと話題になっているクラブである。

 格上・格下という意味では、間違いなく金沢が上である。しかし金沢には所属選手に日本代表経験者は皆無だし、J1よりもJFLでおなじみだった選手が圧倒的に多い。対する今治は、今季は大卒選手がメインだが、この夏に山田卓也と市川大祐という2人の元日本代表が加入。実は先週、この2人にインタビューする機会があった。「僕も清水(エスパルス)時代に経験がありますけれど、『勝って当たり前』という立場で戦うのって、かなりやりにくさはありますね。今回は逆の立場なので楽しみ」と市川が言えば、「でも向こうも俺らを警戒してくるだろうから、少なくとも相手の慢心は期待できないだろうね」と山田が応える。いずれにせよ今治の新戦力は、「格下」として天皇杯を戦えることを心から楽しみにしている様子だった。

 そんな今治をホームに迎える「格上」の金沢だが、実はここに来て深刻なジレンマに悩まされていた。まず最終ライン。ディフェンスリーダーの太田康介をはじめ、何とセンターバック(CB)経験者3名をけがで欠くという緊急事態に陥っていたのである。森下仁之監督が出した結論は、本来はサイドバック(SB)が本職の阿渡真也と嶺岸佳介をCBにスライドさせ、さらに今季のリーグ戦でまったく出番のなかった吉川翔梧と大石明日希を両SBに起用することであった。かくして、サポーターや番記者も初めて見るような最終ラインが完成。一方、攻撃陣のコンディションも悩ましいところで、これまでチームの貴重な得点源として貢献してきた清原翔平と水永翔馬をベンチ外とし、あえて休ませることを選択した。これまた、思い切った決断であると言えよう。

 対する「格下」の今治は、山田と市川という2人のベテランをベンチに温存。その理由について木村孝洋監督は「彼らは合流してまだ1カ月。特に市川は、けがからの長期リハビリを経ているので、まだ100パーセントではない。試合の流れの中で、システムの変更に応じて使うことを考えていた」と語っている。言うまでもなく、天皇杯は伝統あるカップ戦であるが、特にこの時期はリーグ戦との兼ね合いも考えながらメンバーを選出しなければならない。それぞれにチーム事情を抱える金沢と今治。両監督が下した決断は、果たしてこの試合でどのような作用・反作用を生み出すのであろうか。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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