バットを生地に持ち替えた元近鉄・川口 “つながり”が導いた第2の人生

週刊ベースボールONLINE

思い出深い2001年シーズン

01年、“いてまえ打線”の一員として、リーグ優勝に貢献した 【写真=BBM】

 近鉄に所属していた01年、パ・リーグを圧倒した“いてまえ打線”の一員として働いた。主に指名打者として124試合に出場し、規定打席にはわずかに届かなかったが、打率3割1分6厘、21本塁打、72打点をマーク。いずれもキャリアハイの成績で、最高のシーズンとなった。

 優勝を決めた劇的なシーンが思い出される。9月26日のオリックス戦(大阪ドーム)、2対5の9回無死満塁から北川博敏(現・オリックスプロジェクトマネージャー)が代打逆転サヨナラ満塁本塁打。セカンドランナーだった川口は、かつて経験したことがない興奮の中で仲間が待つ本塁までを走り抜けた。

「どっかーんってなりましたからね。超興奮していました。だから、三塁ベースをちゃんと踏んだかなって今でも不安です(笑)」

真弓コーチと中村紀洋、無しには語れない野球人生

 94年ドラフト4位で入団して間もないころは「3年でクビになる」との自身の評判を耳にした。そんな選手が近鉄、楽天で16年ものプロ野球人生を送れたのは人との縁に恵まれたから。中でも実力が伴わない時分から手を差し伸べてくれた真弓明信コーチ(前阪神監督)と中村紀洋(前横浜DeNA)との出会いがなければ、その後の野球人生はないと言い切れる。

「真弓さんは(柳川)高校の先輩で、いつも気にしてくれました。中村さんは僕の師匠。怖かったですが、いつも一緒にいさせてもらって本当にありがたかったです」

 店名の「hands hands」は手作りへのこだわりを表すとともに「手から手へ」という“つながり”の意が込められている。かつて本拠とした大阪や仙台からお店に足を運んでくれたファンもいる。店のオープン時には中村をはじめ、ずらりとプロ野球選手名が書かれた祝花が並んだ。

「元プロ野球選手だと知らないお客さんがほとんどなんで、『何でだろう』って皆さん不思議そうにしてました」

 おいしいパンを並べて笑顔でお客さんを出迎える日々。すべての出会いを大切にすることでさまざまなつながりが生じている。

指導者としての夢も…

 今春からは閉店後の時間を使って西南学院大のコーチを務める。これも柳川高の恩師・福田精一が取り持ってくれた縁。

「偶然ですが、ここから車で10分ほどのところに住まわれています。僕が高校を出た後に大学で監督をされたのですが、そのときの教え子が今の西南学院大の監督で、そのつながりで教えることになって」

 学生野球資格回復制度を知ったのも縁だった。OBクラブ主催の野球教室で一緒になった金田政彦(元楽天ほか)に同制度のことを聞いた。
「一緒に行こうよって誘われたんで、『取っておいた方がいいんですよね』って感じで適性審査を受けに行ったんです」

 今春、西南学院大は109季ぶりに九州六大学リーグで優勝し、大学選手権に出場した。
「やっぱり野球が好きですね。リーグ戦が始まると気持ちはつい、あっちに行っちゃいます。どんなオーダーを組もうかって」

 指導者として再びユニホームを着る熱意はある。生活の基盤として繁盛店を切り盛りしつつ、夢を抱き続ける。そんなセカンドキャリアの過ごし方を実現している。

=文中一部敬称略=

<取材・文=菊池仁志(BBM)>

プロフィール

1976年6月28日生まれ。福岡県出身。右投左打。柳川高から94年ドラフト4位で近鉄に入団。2年目の96年に1軍初出場を果たし、初安打をマーク。99年に52試合に出場して、1軍に定着。パ・リーグを制覇した01年は主に指名打者として124試合に出場して規定打席には届かなかったものの打率3割1分6厘、21本塁打、72打点の好成績を残す。04年オフに近鉄が消滅し、楽天が新規参入したことに伴う分配ドラフトで楽天に移籍。06年からは登録名を「憲史」とした。10年限りで現役を引退。プロ生活16年間の通算成績は976試合出場、2332打数613安打、打率2割6分3厘、69本塁打、314打点、9盗塁。11年は野球解説者として活動し、12年4月に地元・福岡でパン&ベーグル「hands hands」をオープンした。

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