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日本ハンドボール界の希望に――
フランス1部リーグ土井杏利の挑戦

相手に合わせて戦術を工夫する

フランスでは練習の時間も取り組み方も日本とまったく違った。そのハンドボールは「どんどん進化し続けている」と話す
フランスでは練習の時間も取り組み方も日本とまったく違った。そのハンドボールは「どんどん進化し続けている」と話す【Eric Joffrey】

――世界でもトップに位置するフランスリーグですが、日本との違いは感じましたか?


 すべてが違いました。レベルもそうなんですけど、その前にシステムが全然違います。

 日本だとすごく練習するんです。特に大学の練習はすごく厳しかったです。ですが、それとは真逆で、フランスでは毎日1時間半しか練習しません。ただ、毎日異なった練習をするので頭を使うし、監督が毎日練習をしっかり考えて、次の相手に合わせた練習方法をみっちりやるんですよ。そうすることで、プレーに工夫やアイデアが生まれてくるので、毎日同じことのくり返しの練習とは全然違います。


 あと戦術の考え方も違うと思います。日本ではどちらかというと、「自分たちのハンドボールをやれば勝てる」という考え方があります。相手ではなく、自分たちのハンドボールを貫くことが大事だと。

 ですが、フランスでは相手が毎回違うので、相手に合わせて対応できるようなチームを作り上げるんです。だから毎回試合が終わったら次の対戦相手のことを考えるので、前週とはまったく違う練習になるんです。


――なるほど。フランスでは相手に合わせて戦術を考えるというのが根付いていると?


 そうですね。フランスというよりも欧州ではおそらく、みんなそんな感じです。


 だからこそ、ハンドボールもどんどん進化し続けているし、毎日学ぶことばかりで、その中で戦術の理解度が高まっていきます。例えば、相手がこういうディフェンスをしてきたら、こうやって攻めるのが有効だよというのを毎回変えてやるので、いろいろなパターンが生まれる、という感じです。

転機となった2週間の「メンタルトレーニング」

熱烈なファンの中には人種差別用語を叫ぶ人も。しかし、それを受け流せる「メンタルの強さ」を身に付けたことが、シーズン後半の活躍にもつながった
熱烈なファンの中には人種差別用語を叫ぶ人も。しかし、それを受け流せる「メンタルの強さ」を身に付けたことが、シーズン後半の活躍にもつながった【Eric Joffrey】

――ほかのスポーツにも通ずるような話ですね。では、そのような環境の中で1シーズンを戦われましたが、どんな変化がありましたか?


 一番苦しかったのは、世界トップレベルのチームに契約した時点で、いきなりポジションが今までやったことがない左サイドウイングという位置に変わったことです。


 最初、若手チームで3部リーグを戦っていた時は、バックプレーヤーをやっていたのですが、さすがにプロになると身長2メートル、体重100キロオーバーの選手たちが並ぶので、僕の体格だとバックプレイヤーとしては通用しませんでした。


 ですからプロ契約はしましたけど、いきなりやったことのないサイドにコンバートし、再びゼロからのスタートとなりました。サイドシュートも遊びでは打ったことはありますが、プロでやったこともないので下手でした。その時は練習でもダメで、良いプレーができないことで精神的にも苦しくなり、どんどんダメになっていきました。それに、フランスだと人種差別用語も試合中に飛んだりして、それで精神的にさらに落ちましたね。


――うまくいかないことに、焦りを感じましたか?


 いえ、焦りはなかったです。最初の頃はとりあえず希望しかなかったし、ゼロからのスタートならこれ以上下がることはないので。苦しい中でも希望の光は毎日のように見えていたし、世界のトッププレイヤーと練習できることで吸収できる材料がいっぱい転がっていました。苦しい中でも少しずつ学んで、成長しているという感覚が感じられたので、希望の光を失わず練習し続けました。


――苦境をポジティブにとらえていたんですね。


 僕は筋金入りのポジティブなので(笑)。ただ、その状態が半年間続き、結局シーズン前半が終わった頃には、メンタル的に限界がきていました。


 シーズン前半と後半の間に2週間の冬休みがあるのですが、「ここでメンタルを入れ替えないとダメだ」と思ったんですよ。そこでメンタルトレーニングをやりました。「自分はハンドボールの実力はプロでも通用する」という自信があったので、問題はメンタル部分にあると思って。


――チームのメンタルトレーナーと一緒にやられたのですか?


 いいえ、その頃は本当に一人きりで孤独な戦いをしていました。つらい気持ちを相談する友達や家族もいなかったので、本当に一人ぼっちだったんです。それでもそんな生ぬるい世界じゃないのも分かっていたので、「自分で切り替えるしかない」と思って、自分で頭の中を入れ替える作業をしました。


――具体的にはどんなことをしたのですか?


 本当に時間が掛かる作業だったんですけど、その時は原点に立ち戻った感じです。今までどうやってハンドボールをやってきたのかを見直して、小中学校の頃はハンドボールを心から楽しんでいたんです。そして、その楽しんでいた時は結果を残せたし、そう考えると、僕の原点はハンドボールを楽しむことなんじゃないかなって。


 苦しい時は楽しむことができなくなっているんです。でも、自分の原点が楽しむことだと気付くことで、どんなメンタルトレーニングをしていたかというと、とにかく笑っていました。笑って楽しめと。「今、自分が弱いということはこれから強くなる楽しみがあるじゃないか!」ということだけを考え、苦しいからこそ、むしろそれを楽しもうとずっと2週間、そのことだけを考えていました。


 それでシーズン後半が始まり、どう変わったかというと、例えば人種差別用語を浴びせられても、気にしなくなって、笑ってかわせるようになったんです。つまり、どうでもいいと思えるようになったんですよ。それも実は強さなんですよね。


 精神状態が良くなることで、練習でも良い結果を残せるようになり、シーズン終盤には試合にも出してもらうことができ、本当に楽しむことができる精神状態を作ることができました。


――メンタルを入れ替えたことでベストな結果を残すことができた?


 そうですね。もちろん1試合1試合振り返ればもっとこうした方が良かったなって思うこともあります。ですが、僕にとっては大きく飛躍できた年だと思います。そもそもレギュラーとしてけがなく1年間戦えたことは良かったですし、今ではコートに1時間以上立ち続けられているのは、僕とゴールキーパーだけなので、監督にも信用されています。

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