想いよ届け!ベンチ力が奇跡を起こす=漫画『クロカン』で学ぶ高校野球(5)

田尻賢誉

聖光学院でベンチに座る者は一人もいない

聖光学院のベンチは全員が立って仲間に声援を送る。その“想い”が試合を大きく動かすパワーとなる。写真は08年夏の甲子園 【写真は共同】

 これを読んで、「どうせマンガだろう」と思う人もいるかもしれない。だが、実際にこういう想いでベンチワークをしているチームがある。それが、聖光学院高(福島)だ。

 試合中、ベンチに座る者は一人もいない。全員が仁王立ちし、1球1球、腹の底から声を上げ、拳を突き上げ、打者に念力によるパワーを送っている。試合後は、試合に出ていた選手よりもベンチの控え組の方がぐったりしているほどだ。斎藤智也監督は言う。

「ウチの選手はベンチで座れと言っても立つ。狂ったように声を出す。ヤツらからすると、座ったらエネルギーが出ないからって。立って1ミリでも近いところでガーッと声を出す。声のトーンも下げたくないからそうなるんだよね。『あいつらバカだ』と思われても、間違ってないと思う。自分のエネルギーを、自分の命を少しでもプレーしている仲間に向けるというのは、100人いたら99人ができることだから。
 グラウンドに立ってるヤツは命がけ。ネクスト(バッターズサークル)でも命がけで念じることができるし、パワーを送ることもできる。声を出すことができる。野球の考え方が、人生論がベースになってるから、みんなそういうふうになってくれる」

 斎藤監督が常日頃から選手たちに言うのは、「一瞬一瞬に命の炎を燃やして、やり切って、生き切れ」ということ。今できることは何かを考え、それに集中する。その想いがグラウンドに伝わるとき、信じられないような結果が生まれる。

想いが絶体絶命の場面を切り開くパワーに

 2014年夏の福島大会決勝の日大東北高戦。4点リードを許したまま9回2死まで追い込まれたが、そこから追いついた。5対6と1点差に追い上げて2死三塁、打者・伊三木駿の場面では、斎藤監督の心境はこうだった。

「とにかく打たなきゃ終わりだから、伊三木にパワーを送るしかなかった。『いさぎー、いけー!』って」

 部員が少ない鷲ノ森と違い、100人を超える部員を抱える聖光学院。念力を送っていたのはベンチだけではなかった。スタンドの部員たちも全員が必死に叫んでいた。そして、その想いは通じる。伊三木の打球はライトの頭上を越える同点タイムリー。監督も含め、ベンチとスタンド全員の想いが絶体絶命の場面を切り開くパワーになっていた。

 先述した豊将学園戦。初回に3点を先制され、あきらめに入った平泉粧子部長に対し、黒木監督はこう言っている。

「負けるとか、もうダメだとかほんの一瞬でも思うんじゃねえ。そいつがチーム全体に伝わる。いいか、ベンチにいる間は“絶対勝つ”そう思い続けろ!」

 本気の想いはグラウンドに届く。空気を動かす。“ベンチ力”のあるチームこそが、奇跡を起こせる。

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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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