結果も左右するチームのイメージ戦略=漫画『クロカン』で学ぶ高校野球(3)
スローカーブを過剰に意識させた井上の策略
自分に付けられたイメージをうまく利用し、相手高を翻弄(ほんろう)するピッチングを見せた2011年の加古川北高・井上 【写真は共同】
プロが注目するような速球を持っていたわけではないが、井上の名前は大会前から売れていた。その理由は、前年秋の近畿大会で強打の大阪桐蔭高(大阪)を3安打完封していたからだ。その試合では球速70〜80キロの超スローカーブを多投。見事にハマったこともあり、“スローカーブの井上”としてマスコミが注目したのだ。初戦の対戦相手が金沢高(石川)の150キロ剛腕・釜田佳直(現・東北楽天)だったことも幸いした。
井上は言う。
「スローカーブが尋常じゃないぐらい取り上げられてたじゃないですか。センバツではそんなに投げる気なかったんですけど、『釜田は速いし、超遅球で勝負しましょう』みたいに言ったら、(マスコミの扱いが)やばかった。あれで、これは使えるなと」
大阪桐蔭高戦のようにスローカーブを多投するだろう――。
マスコミを通じて、そんなイメージを植えつけるのが狙いだった。そして、試合開始直後の1球。井上が選んだのはストレートだった。スピードは139キロ。
「試合前取材でも記者の肩から『初球は何から入るんですか?』とずっと聞かれていたんで。それで放ったのが、全力の真っすぐだったんです」
2球目のスライダーで先頭打者を打ち取ると、2番打者への初球。ここで球速表示不能の超スローカーブを見せた。
「ここで放らんかったら向こうはないと思うじゃないですか。1球放ったら結構ざわめいたんで、『これや』と思いましたね」
遅い球が来ると思わせておいて130キロ台後半の速い球を投げる。スローカーブは投げないと思わせたところで1球見せる。結局、この試合でスローカーブはこの1球だけ。だが、マスコミによるイメージの刷り込みと、初回に見せた1球のおかげで、金沢打線は最後まで的を絞れなかった。結果的に2安打完封を果たした。
「知恵とアイデアを武器に戦う」
「前の試合で見せてなかったからですね」
金沢戦では投げると思わせて投げなかった。それを研究してくることを読んで、波佐見戦では多投した。井上は波佐見も5安打完封。マスコミを利用し、相手の研究を逆手に取るイメージ戦略で井上は相手打線を手玉にとった。
クロカンはマスコミを利用することについてこう言っている。
「これも心理戦のひとつ。あとはこのバラ撒(ま)いた情報をいかに有効に使うかだ」
「俺達のチームは他に比べてあまりにもハンデが多い。だったら何で対抗するか。それはここ、頭だ。知恵とアイデアを武器に戦うんだ。そして時にはしたたかに。相手を翻弄(ほんろう)する老獪(ろうかい)さも必要だ。これがなければ長丁場。限られたチーム力では戦えない」
高校生のスポーツの中で、日本のアマチュアスポーツの中でナンバーワンの人気を誇る高校野球。大挙して押しかけるマスコミとどう付き合うのか。どう利用するのか。この駆け引きを楽しめるか否かが甲子園での結果を左右する。