日本シンクロ復活も楽観視できない理由 強敵に勝つために、個の表現力の向上を

田坂友暁

新しいスタートラインに立った日本シンクロ界

世界選手権で銅メダル4つを獲得し、日本シンクロ復活を印象づけた 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 日本が誇るシンクロナイズドスイミングが帰ってきた。カザン世界選手権(シンクロは7月24日〜8月1日)は、世界にそう強く印象づけた大会となった。

 シンクロ競技2日目に乾友紀子と三井梨紗子がデュエットのテクニカルルーティン決勝で、世界選手権では4大会ぶりとなる銅メダルを獲得。長く遠ざかっていた表彰台に返り咲いた瞬間だった。

 勢いに乗り、3日目にはチームのテクニカルルーティン決勝でも銅メダルを獲得。その4日後にはチームのフリールーティン、シンクロ競技の最終日には、フリーコンビネーションでも銅メダルに輝き、合計4つの銅メダルに輝いた。世界の表彰台から遠ざかっていた日本シンクロ界が、長いスランプを経てようやく新しいスタートラインに立つことができたのである。

失われた戦う姿勢と同調性

 今回の世界選手権では、五輪にはないソロとフリーコンビネーションに加え、今年から男女ペアで行われるミックスデュエットという新しい種目が取り入れられた。
 ソロ、デュエット、チームの3種目においては、技術の完成度を主に競うテクニカルルーティンと、主に芸術性や表現力を競うフリールーティンの2種目に分かれる。つまりソロ2種目、デュエット2種目、チーム2種目、フリーコンビネーション1種目にミックスデュエット2種目を加えた、合計9個のメダルをかけて競技が行われたのが今大会のシンクロ競技だ。

 長い世界選手権の歴史の中で、シンクロ日本代表は第1回の1973年ベオグラード大会から出場しており、2007年メルボルン大会までメダルを獲得し続けた古豪であった。ところが、09年ローマ大会からしばらく表彰台から遠ざかることになる。

 一度でも他国の後じんを拝すると、はい上がることが難しくなるのが採点競技の常である。メダル争いができない期間が長くなるにつれ、かつて世界のトップ争いに加わって、強さを誇っていた時に武器としていた同調性、そして戦う姿勢すら失ってしまった。

厳しい練習で鍛えられたメンタル

井村コーチ(左)の厳しい指導で、選手たちは精神的にも大きく成長した 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 そんな現状を打破すべく、表彰台の常連だったころの日本チームを指導していた井村雅代氏を再度招へいしたのは14年のこと。同年に行われたアジア大会で古豪復活への道筋を作った井村コーチは、今大会のヘッドコーチに就任。フィジカルやテクニックなどよりもまずは、世界のトップを狙うアスリートである、という自覚を選手たちに促すことで日本チームの改革を図る。

「選手一人一人が世界と戦うことを目指しているアスリートなら、同じチームであっても競い合う気持ちは生まれますし、チームメートがミスをしたら怒ることだってあります。それは世界と戦うという高い目標を持っているから、当然のこと。切磋琢磨(せっさたくま)して技術も精神面も鍛えられていって、ようやく世界と戦えるんです。ところが、メダル圏外にいた時間があまりにも長かったので、あの子たちは世界のトップと戦うことはどういうことで、そのために何をすればいいのかをあまりにも知らなさすぎでした」

 選手たちには厳しい練習に取り組ませながら、アスリートとはどういうものか、世界と戦うということはどういうことか、世界大会でメダル争いをするということはどれだけ厳しい世界なのかを井村ヘッドコーチは、選手たちに対して常に口にしてきた。

 今大会に選ばれた10人の選手たちは「メダルを取らせてあげる」という井村コーチの言葉を信じ、時には10時間にも及ぶ厳しいトレーニングを耐え抜いた。その中で、世界と戦うために必要な要素は何か、自分たちに足りないものは何かを感じ取っていく。そうしてかつての輝きを急速に取り戻し、本物のアスリートとして成長していった。それは今大会全種目に出場した乾が、チームフリールーティン決勝で銅メダルを獲得したあとに残した言葉に凝縮されている。

「デュエットのフリールーティンでウクライナに負けて、本当に悔しかったですし、次のチームでは絶対に勝ってメダルを取るんだと、みんなで気持ちをひとつにしました」

 日々の厳しすぎるほどの練習で積み重ねてきた精神面での成長が今回、カザンで4つのメダル獲得という形で実を結んだのである。

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著者プロフィール

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かした幅広いテーマで水泳を中心に取材・執筆を行っている。

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