速さを武器にした強い長距離選手の育成 村山紘を育てた城西大・櫛部監督の挑戦

加藤康博

新たに低酸素トレーニングも導入

90年代から2000年代前半にケニア、エチオピア勢が台頭してきたが、その特徴である「高地トレーニング」について専門的に学んだ 【写真:ロイター/アフロ】

 スピード強化に加え、近年は新たな取り組みも開始している。低酸素トレーニングだ。
 櫛部監督が現役として走っていた90年代から2000年代前半は、ケニア、エチオピア勢がマラソンで台頭してきた時期と重なる。当時からその強さに興味を持ち、選手として走る傍ら、早稲田大人間科学部での高地研究について興味を抱いていた。競技生活の晩年には日本体育大大学院に進み、トレーニング処方研究室にて「高地トレーニング」について専門的に学んだ。研究者としても指導者としても高地への興味がルーツにある。

「マラソンもトラックも長距離種目の世界のトップはほとんどが東アフリカの高地出身の選手。彼らに立ち向かうためには同じような環境で心肺機能を高めることが必要でしょう。そのための手段として低酸素トレーニングを導入しています。酸素濃度の低い環境に身を置くことで、高地に行かずとも同様の効果を狙えるからです。選手によっては体質的に難しい場合もありますし、できる選手でも体調の変化や効果を見極めるのが非常に難しく管理が必要です。誰もができるものではありません。しかしすべてがコントロールできた時の効果は絶大なのです」

世界と互角に戦えるスピードランナー

5000メートルの日本記録を更新した大迫。彼が所属する「ナイキ・オレゴン・プロジェクト」の取り組みが成果を出しているが、櫛部監督は「学ぶべき点が多い」と話す 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 日本選手権5000メートルは村山が制したが、7月に入ってからこの種目では大きな変化があった。ベルギー・ヒュースデンゾルダーで行われた「ナイト・オブ・アスレティックス」では大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)が13分8秒40の日本記録を樹立。また鎧坂哲哉(旭化成)も従来の日本記録を上回るタイム(13分12秒63)で走った。長く動くことのなかった日本男子長距離の時計の針が動き出した今、櫛部監督も今後の更なる記録更新は可能だと考えている。

「スピード強化で言えば、大迫選手の所属するオレゴン・プロジェクトの取り組みが成果を残しています。その取り組みは学ぶべき点が多く、私も参考にしていますが、日本にもJISS(国立スポーツ科学センター)という素晴らしい施設があります。そことの連携次第で、さらに効率的かつ効果的なトレーニングができるはずです。ですから日本記録ももっと伸ばすことができるでしょう。村山も同じレースを走った大迫選手に記録を出され、かなり悔しがっているようですが、まだ伸びる余地、改善すべき点はあります。いいライバルとして競争していくことで5000メートルを12分台で走る夢は実現可能になるのです」

 アフリカ勢がトラックで見せるハイペースで押し切る力、そしてラストのスプリント力は驚異的であり、異次元の世界の感もある。しかし彼らに勝てないと諦めるのではなく、近づくためにどうすればいいのかを考えていかなければならない。櫛部監督のモチベーションは世界と互角に戦うスピードランナーを育てたいという思い。最先端の研究やトレーニングを取り入れながら、その挑戦を続けていきたいと考えている。

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著者プロフィール

スポーツライター。「スポーツの周辺にある物事や人」までを執筆対象としている。コピーライターとして広告作成やブランディングも手がける。著書に『消えたダービーマッチ』(コスミック出版)

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